社会見学バスの話・47 木崎由梨その2

 サービスエリアでの臨時トイレ休憩――清水先生のアナウンスに、なんとか心を奮い立たせ、由梨は我慢の延長戦に臨んでいる。幸いにして由梨はバスの前の方に座っており、涼子のバケツオモラシを視界に入れずに済む席の位置だった。
 なおバケツを跨いだまま動かない涼子の事は、努めて意識から追い出し――由梨は耐える。
 そうだ。委員長の自分が、はしたないことをするわけにはいかない。クラス28人の模範となり、皆の苦しみを少しでも和らげる助けにならなければならない。
 心構えばかりは立派なことを申し立てるが、実際由梨の姿と言えば、懸命に水門を押さえこみ、身体の内側から出口にノックを続けるオシッコをなだめる、みっともないものだ。きつく閉じ合わせた膝の奥、直接、下着の上から指が押さえた『おんなのこ』の水門は、間断的にぷしゅ、じゅっ、と熱い飛沫をにじませ続ける。
 たっぷりカップ3杯摂取した、霖用車用抜群のショウガ紅茶は、一滴残らずオシッコへと変わり、すでに悠里の下着は、股間の部分に張り付いて真っ黄色に染まり、クラス委員長を立派な『オモラシの模範生』たる、オモラシ委員長へと変えていた。
 それでも、好きをみてはぷくりと口を開け、決壊しそうになる水門を、指の先で押さえ込むようにして塞ぎ、すんでのところで押しとどめ、由梨は身を震わせて耐え続ける。
「くっ……!!」
 刻一刻と限界は近づいている。これまで無理をさせてきた身体がみるみる消耗し、もはや猶予がないことを訴えている。
(も、もうすぐ……もうすぐよ!!)
 バスはいよいよ大渋滞の高速道路本線を離れ、サービスエリアへのひき込み路線へと入っていた。路肩にあった「サービスエリアまであと300m」の案内板を最後に見てからもうずいぶん経つ。
(258、257、256……)
 由梨はさっきからずっと口の中で小さくカウントダウンを繰り返していた。
 “あと300m”の数値が、一秒に1mの割合で削れてゆく。 
 だが、果たして今のこのバスが、毎秒1m……時速3.6キロも出ているのだろうか? 歩いている方がよほど早いのではないかと思えるほどにじれったくも進まない渋滞の列の中、由梨は股間を握り込む両手に一層の力を込める。
 浅く腰かけたまま、身体を前後左右に小刻みに揺らす。ふらふらと定まらない視線がバスの車内を巡る。自分と同じように、オシッコの誘惑に耐え続けるクラスメイト達の姿を目にして、由梨は尿意を限界まで溜め込んでぱんぱんに張り詰めた下腹部をきつく撫でつけた。座席シートの上、限界水量を突破して膨らみ切った乙女の水風船は、もはや行き場をなくして、脚の付け根、おなかの一番底、出口へとめがけて膨らんでいく。
 恥骨の上に圧し掛かる膨らみ切った尿意の水風船。カップ3倍のショウガ紅茶よりもはるかに多い、乙女のティーポットの中でくつくつと煮詰められた恥ずかしく黄色いホットレモンティーが、前の座席の背もたれめがけて噴き出しそうになる。
(が、我慢するのよ、あ、あと少しなんだから……!! できる、んだから、あと、200秒、くらい、簡単でしょ……? へいき、これまでも、できたんだから、後30分くらい、がまんするつもりで、いれば、すぐっ……き、気を抜いたら、花藤さんみたいに、なっちゃうんだから…っ!!)
 バスの通路で繰り広げられた、女の子として決してあってはならない痴態――クラスメイトの恥辱を思い出し、由梨はくじけそうになる心を叱咤した。皆の模範となるべき委員長が、悲劇を迎えた友人を踏み台にして耐えることなど、あってはならないはずなのに。
(ごめんなさい……っ、ごめんなさい……!!)
 そう。本当なら――クラス担任の蓉子がまるで役に立たない今、バケツを跨いでオモラシという惨めな思いをして動けない涼子や、バスの外での野外オシッコを衆目に晒されて、深く傷ついた陽菜の面倒をみるのは、クラス委員長である由梨の役目であるはずだった。
 けれど由梨は、動けない。彼女たちを助ける余裕なんてどこにもなかった。いや、それどころか――そうした惨劇に見舞われたクラスメイト達を想いやるどころか、『ああはなりたくない』『あんなみっともない事は私はしない』と、自分のプライドを守るために踏み付けてしまっていた。
(ごめんなさい、ごめんなさい、っ、長谷川さん、花藤さんっ……)
 激しい罪悪感に心を苛まれながら、スカートの奥からほとばしる羞恥の熱湯が、湯気を立てながら床に盛大に撒き散らされ、下着、靴下を、靴をずぶ濡れにしてゆく姿を想像して、由梨は懸命に自分を鼓舞する。
(そ、そんなの、絶対イヤよ……!!)
 由梨もまた、一人の年頃の少女だった。
 オモラシ委員長――そんな姿だけは、晒す訳にはいかない。歯を食いしばる由梨の視界に、ゆっくりとパーキングエリアの遠景が入ってくる。カーテンの仕切られたバスの向こうに見える目的地――永劫とも言える尿意から解放される理想郷を目に、由梨は歓喜の叫びをあげる。
「ぁあぁぁっ!!」
 同時に、じゅううっ、と下着の股布部分にまたも新しくオシッコが噴き出す。漏らしたてのホットレモンティが太腿をたっぷりと湿らせ、座席やスカートにまで染み込んでゆく。
 あと少し、あと少し。虚ろな目で呟くカウントダウンの残数は、100を切った。

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