長い長い少女達の我慢――その果てに辿り着いたサービスエリア。
広い駐車場と大きな休憩所を伴うその施設は、大渋滞に巻き込まれた社会見学バスという動く密室に囚われ、半日近いオシッコ我慢を強いられ、尿意と戦い続けてきた少女達にとって、まさに求め焦がれた理想郷であった。
だからこそ。長い長い渋滞を通り抜け、ついにバスがその入り口にさしかかった時。まだ駐車場所を探そうとするよりも早く、先走ってしまう生徒が出ることは、ある意味で当然のことであった。
「っ、着いたのね!?」
これまで、バスの前部座席に座り、ずっと無言で蹲っていた麻生伊織は、バスがサービスエリアに差し掛かるや否や飛び降りるように席を離れ、運転席横の乗降口へと駆け寄った。
「お、おい、君!!」
運転手がそんな伊織を咎める。
サービスエリアに着いたとはいえ、まだバスは動いている。大渋滞から抜けたこともあり、駐車場は予想通り混雑していた。車の流れの中で停車することもできずにいるバスの中で、不用意に立ち上がることはおろか、降車準備を終えていない乗降口に近付くのは危険があったのだ。
しかし伊織には、せっかくの注意もまるで届かない。じっと静かに耐えていたものの、彼女もまたもはや我慢の限界。いつオモラシしてしまってもおかしくない状況にあった。
・サービスエリアに着いた。
・ここにトイレがある。
・早く降りてオシッコしたい。
行動原理をわずか三行に集約できるほど、少女の思考は排泄欲求という本能に根ざす部分まで退化し、切羽詰まったものになっていたのである。
「ちょっと!! 危ないよ、戻って!!」
「あああ、早く早くしてええ!!」
伊織は乗降口の閉じたドアに飛び付き、バンバンとガラスを叩いた。格納された乗降口のタラップに激しく足踏みをし、スカートから下着が覗くのも構わずにぎゅうぎゅうと股間を押さえ、身をよじる。少女の暴挙に、バスの中は再び騒然となった。
「はやく、はやく降ろしなさいよぉ! 降ろして、降ろしてってばァ!! つ、着いたんでしょ!? ここ、トイレなのよね!? はやく、はやくう!!」
もはや形振り構わずに、伊織はしきりに乗降口のガラスを叩き、ドアに手を掛けて揺さぶりはじめる。そこがトイレの入り口で、誰かが意地悪して通せんぼをしているとでもいうかのようだ。女の子の欲望のまま、伊織はドアに体当たりでもせんばかりに激しく脚を踏み鳴らす。
「お、おい、やめなさい!! 止めなさい、君!! ちょっと先生、止めさせて!!」
運転手は身を乗り出して制止しようとするが、バスの運転をほっぽり出す訳にも行かず伊織を留めることはできない。
本来、これを一番に静止すべきなのは担任の蓉子である。しかし……。
(つっ、着いたわっ♪ とうとう到着したのよ、やった、我慢できたぁ……♪ ちゃんとおトイレ、我慢できたわぁっ……!! えらい、えらいわよ私っ♪ ……やっと、やっとやっとやっと、おトイレ到着したのよぉ……っ!! で、っできる、できるわもうすぐおトイレできるのっ、ちゃんとおトイレっ♪ おトイレ出来るのぉ♪……おしっこっ、おしっこぷしゃあぁあーって、おトイレできるのぉ……♪)
彼女もまた辿り着いたサービスエリアの待望のトイレを前に、女の欲望を剥き出しにしていた。心は既に至福の場所へと飛び、バスの中の状況など完全に上の空。強張った下半身に力を漲らせ、いまにも走り出さんばかりの有様だ。獲物を狙う餓えた肉食獣の如く、サービスエリアの建物の一角を凝視して動こうとしない。
それは他のクラスメイト達も同様だった。もはや我慢の限界に達した少女達の心は伊織とひとつだった。行動にこそ出ていないものの、無言の中で運転手に今すぐバスを停めろ、トイレに行かせろと訴えている。
伊織が騒ぎを起こすのが少しでも遅れ、運転手の注意が間に合わなければ、2年C組の生徒達の大半はまだ動いているバスの乗降口に殺到していたことだろう。
「はっ、はやく、ここっ、あっ、開け、開けなさい、よォっ……!!」
「危ない、戻って、席に戻って!!」
運転手の制止も届かぬまま、手のひらでばんばんと乗車口のドアガラスを叩き、叫ぶ伊織。そんな彼女を――今日特大の尿意の大津波が襲う。
社会見学バスの話・48 麻生伊織
