口々に上がる非難と悲鳴。涙声すら混じった糾弾の中、クラスメイトの責めを負わされて、お手本のようなオモラシ姿を披露させられながら。
2年A組のクラス委員長、木崎由梨が口にしたのは、至極単純でもっともな解決法だった。
全員落ち着いて、順番に、ゆっくりバスを降りて、サービスエリアのトイレに行く。
最も現実的で最もシンプル、簡単な理屈だ。しかし混乱の極致にあるバスの中でそんなものが受け入れられるような状況ではなかった。危機的状況にある意識は、容易く理性的な判断を失わせ、混乱をますます加速させる。
なによりも『順番に』というフレーズが、もっともいけなかった。
順番ということは、先と後がある。最初と最後がある。
誰しも一番最初にバスを降りて、一刻も早くトイレに行きたい、オシッコを済ませたいと思っているこの瞬間。否が応でもクラスメイト達のトイレに順番を付け、優先順位をつくってしまうその一言はもっとも口にしてはならないものだったのだ。
「ねえ、どいてよ!! 通して!!」
「わ、わた、私が先っ、私が先なんだからぁ!!」
「押さないで!! ま、前も混んでるの!! 押さないでってばぁ!! ……ぁ、ふぁあっ!?」
「みんな意地悪だよ、あたし、一番、我慢して……っ」
わたしが先、私が先に降りるの。私の方が我慢してる、私の方が漏れそう。何の益にもならない我慢比べが始まり、どれだけもう自分がオシッコを我慢できないくらいに辛いのかを競い始める。湿ったスカートや濡れた脚元、揺れる腰やくねる股間を見せつけ合い、先を争って乗降口へと突進し、もみ合いまではじまっていた。
「智代ちゃんだって、も、もうそんなチビっちゃってるんだから……、いいじゃない、先に行かせてよ……」
「違うもん、が、我慢してるもんっ、ま、まだ、すっごく、オシッコ出そうなの……っ」
「裕美ちゃん、まだへいきそうだよね? スカート、汚れてないし……あの、私、先に……」
「そ、そんな、みんな一緒だよ……!!」
およそ、事態は行きつくところまで来てしまったと言っていい。今現在の2年A組の少女達のにとって、湿ったスカートや足元の水滴が、トイレに先に入れるという証になっていた。
既にオシッコ我慢が限界で、もう一刻も猶予がない証拠だという理屈なのだが、少女達がどれほど異常事態に陥ってとなっていたかを示すいい例だろう。無法地帯と化した社会見学バスの中では、思春期の少女にとって当たり前の、人前ではきちんとトイレを我慢し、オシッコはちゃんとトイレで済ませる――という、当然の礼節や慎みが、まったく通用しないい世界だった。
『スカートを汚しておらずおチビりもしていない』事の方が、トイレに行くのは後でいい、という理屈。猛烈な尿意は皆同じ条件だというのに、これまで必死に耐えてきた数少ない少女達にとって、あまりにも無茶な理屈である。
だが、それに対する抗議を顧みるような者は、もう誰もいない。
「ま、待って、お、押さないで、押さないでよぉっ!!」
バスの外に待つ桃源郷、地獄のようなトイレ我慢からの解放にひた走るクラスメイト達にもみくちゃにされ、添田茜は悲鳴を上げる。乙女のティーカップはその縁ぎりぎりいっぱいまでオシッコを注がれ、揺れる水面に少しでも刺激を与えないように立っているのがやっとだ。表面張力で辛うじて水面を保っているような状況では、歩くにもそろそろと擦り足がせいぜい。茜には、出口までを走るだけの余裕がなかった。
きつく締め付けたオシッコの出口に阻まれて、膀胱はいまにも破裂してしまいそうなくらいにぱんぱんに張り詰め、制服の上からさすってもしっかりと分かるくらいに膨らんでいる。それを懸命に撫でさすり、猛烈な尿意の波をなだめながら、席を立ったところだった。
「ひっ………!?」
どん、と茜の背中が強く押される。後ろに並んだクラスメイトが、堪え切れずに出口へと突っ込んできたらしい。むぎゅうっ、とおしくら饅頭のようにクラスメイトの身体に挟まれて、茜は身動きが取れなくなる。さらに具合の悪いことに、ちょうど挟まれた茜の下腹部に、他のクラスメイトの肘が押しあてられ、下腹部を圧迫してしまう。
「んぅあ……っっ!!?」
強制的に高まる内圧と共に、きつく押さえこんでいたオシッコの出口が無理やりこじ開けられ、弾け飛ぶ。
茜は股間に熱いものを感じた。これまで辛うじて押しとどめてきたはずの恥ずかしい水流が、一気に少女の下半身を湿らせてゆく。
ぱくぱくと唇を開閉させる茜の足元で、ぶじゃあああっ、と凄まじい音を立て噴き上がる。女の子の本気の勢いと化した奔流が、混雑するバスの前方部通路に響き渡る。がくがくと震える腰の奥、下着を突き抜けて勢いよく噴き出した水流は、バスの床にじゃごおぉおーーーっと激しい音を響かせ始めた。
「きゃああっ!?」
「ちょ、ちょっと、誰!?」
「やめてよお!!」
始まってしまった茜のダムの崩壊が、混乱を一層激しいものへと替えてゆく。茜のオシッコを避けようと暴れるもの、つられて催し、動けなくなってしまうもの、せき立てられるように出口を目指す者、混乱はまさに極致に達した。ほとんど密着状態でオモラシを始められてしまったクラスメイト達にはたまったものではない。限界のところで我慢していた均衡は、一気に崩壊へと傾いてゆく。
ぶじゅっ……
じゅ、じゅぅう、じゅううう、びちゃびちゃびちゃ……
ぷしゅっ、しゅるるるるるぅう……
じょぼっ、じょぼぼっ、ぶじゅじゅじゅうぅ……
茜のオモラシ音に重なるように、立て続けにいくつもの水音が跳ね、バスの床に叩きつけられる。恥ずかしい輪唱となって響く水音は、できたばかりのオシッコの水たまりの上にさらに激しく水流をもたらし、じょぼじょぼと泡立ちすら始める。
誰かがおチビりをすればそれに誘われるように他のスカートの奥でも熱い雫が噴き上がり、床を叩く水流の音がさらなる尿意の限界を誘う。身動きの取れない混雑の中、バスの床一面にオシッコの水たまりが広がり、際限なくその領域を広げてゆくのだった。
社会見学バスの話・52 出口順番争い/添田茜
