社会見学バスの話・54 少女たちの我慢延長戦・バスの中

 少女達が殺到して混乱に陥ったバスの乗降口と、運転席の周辺部。そこから離れた後部座席周辺には、いまだちらほらと生徒達の姿がある。その数は10名には満たないものの、2年A組の生徒数から見れば決して少なくない人数だ。
 誰も彼もと我先にバスの降車順を競う中、折角設けられたはずのサービスエリアのトイレ休憩に、急ぐ様子を見せない生徒達。
 他のクラスメイト達からも羨まれる、優雅に余裕を覗かせる姿だろうか? きちんとトイレを済まし、水分の摂取を控え、慌てることなくバスが空くのを待っている、真にお手本となるべき優秀な生徒達だろうか?
 ……無論、違う。
 彼女達の浮かべる表情は決して余裕のあるものではない。むしろ焦って我先にとバスの出口へと駆け寄った生徒たちよりも、遥かに苦悶と羞恥に悶える限界を覗かせるものだった。
「っ………」
「ぁ……はあ、っ」
 食いしばった歯の隙間から熱い吐息を喘ぎをこぼし、手足を強張らせてわずかな身動ぎのみを繰り返す。その危機迫る様子は、声をかける事すら躊躇わせるほどだ。石のように固く身体を緊張させ、はっきりと脚の付け根を押さえたり、もじもじと腰を動かす様子すら見えない。
 停車と共に席を立った少女達は、いわば「動」のガマンをする少女たちだ。押し寄せる尿意の波に、身体を揺すり、抗い、拙いながらもトイレという尿意の解消場所へと向かうことのできる少女達である。
 いまだバスの後部座席に残っている少女達はそうではなかった。
 もはやそんな余裕すらなく、動くこともままならない――「静」の我慢を強いられている少女たちだった。
 彼女達は皆、わずかな身じろぎや息継ぎすら、間断なく押し寄せる尿意の大波の、わずかな隙間を縫ってしなければならないほど、尿意と疼く排泄器官の欲求に支配されてしまっている。
 端的に言えば――『動いたら、出ちゃう』状況にある。
 彼女達の多くは、これまで『おチビり』や『オモラシ』といった失敗に陥らず、下着をほんの僅か湿らせる程度の、きちんとした我慢を貫いてきた少女だった。我慢の限界を訴え、路肩に止まったバスの物陰へと降りていった佳奈たち9人の中にも、加わっていない。
 押し寄せる尿意の波を乗り越え、押さえ込み、真っ白な下着をきちんと保っていた者たちだった。しかし、これまで一度も失敗を赦さずにいたからこそ、その反動とばかりに尿意はぶり返すたび、重く激しく、ちりちりと恥骨を焦がさんばかりに猛烈さを増す。
 もはや尿意は波ではなく、際限なく高まり続ける高潮のようだ。温暖化で上昇する海面の如く、下腹部を内側から圧迫する水圧は一方的に高まり続け、和らぐ気配すら見せない。
 さっきまではまだ『したい』と『すっごくしたい』と『もうだめ、でる!』を行き来していた尿意のバイタルメーターは、『したい』の項目を失い、『すっごくしたい』と『もうだめ、でる!』を交互に行き来する状態となり、いまや『もうだめ、でる!』からピクリとも動かない。
 ずしんと下腹部に圧し掛かるダムは一瞬の緩みがそのまま大崩壊へと繋がることが確実で、余分な動作は即惨劇につながることを、少女達は直感的に知っていたのである。
 だからこそ、ほとんど身じろぎもせず、際限なく高まる尿意を石のように硬直して耐え続けているのだ。
 彼女たちとて、できることなら今すぐにサービスエリアのトイレに駆け込みたい。バスの仙宝で大騒ぎしているクラスメイト達と、下腹部に抱え込んでいる恥ずかしい欲求には些かの差もないのだ。だが――猛烈な尿意がそれすら自由にさせてくれないのだ。
 席を立ちあがろうと体重を動かすだけで、ぱんぱんに張り詰めた羞恥の水風船が破裂しそうにたぷんっと揺れ動く。彼女達はその揺れ動く波を押し堪えるだけでも、莫大な労力を強いられてしまうのだった。
 しかしここでじっとしているだけでは、どうしようもない。それは皆、理解してしていた。どれだけ尿意に耐え続けていたとしても、トイレがむこうから駆け付けてきてくれることはないのだ。それどころか、休憩時間が終わってしまえば、一度も立ち上がれないままバスが出発してしまう。学校に返り着くまで我慢がもたないのは誰の目にも明白だった。
(お願い、オシッコ、おさまってよぉ……っ)
 少女達は「静」のオシッコ我慢を続けながら、一心に願う。
 オシッコ、おさまって――。
 尿意が消えてくれることを願っているのではない。
 せめて、バスの席を立ってトイレに行くことができるくらいに、尿意が和らいでくれることを願い、必死になって身体をねじり続けるのだ。
 しかし、そんなあまりにもいじましい、ささやかな少女達の願いすら、残酷な神様は聞き入れてくれる様子はなかった。身動きも取れないままの我慢で少女達の体力はみるみる失われ、そこここで恥ずかしい水音が響き始めるのだった。

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