身悶えし腰をくねらせ、はあはあと息を荒げ、顔を紅くして切なげに眉を寄せ。タイトスカートの股間を握り締め、女教師の仮面をかなぐり捨ててひとりの『オンナ』となった蓉子は、女の欲望を剥き出しにしてサービスエリア縦断のオシッコ我慢行を続けていた。
本来、聖職者として守り導くべき雛鳥たち、2年A組の生徒は遥か後ろにバス諸共置き去りだった。2-Aバスの近くでは弱り切った教え子達が、過酷なまでに遠い300mの距離を、懸命に身を寄せ合い、肩を貸し合って悲壮な決意で進もうとしていた。そんな懸命な少女達の姿すら、蓉子はまるで振り返ろうともしない。
(見えたぁ……っ♪ あれよ、あそこがおトイレ……お・ト・イ・レ…っ♪ あぁーーんっ、していいのよね。オシッコしても良いのよね♪ あそこが、ホントにオシッコできる場所だものっ……はあぁあっ、良かった、ぁ…え、えらいわ、私、ちゃんと我慢できたなじゃいっ、失敗せずに頑張ったわよねっ……!!)
猛烈な尿意からの解放という悦楽に、蓉子はすっかり目がくらんでいたのだ。焦がれに焦がれたトイレを鼻先にちらつかされ、我が身可愛さゆえに周りも見えていない。恥ずかしくも身をよじりながら、着々とサービスエリアの公衆トイレに近付いていた。
(……クラスの子達、お、置いてきちゃったけど、……しょっ、しょうが、ないわよねっ、あ、あの子たちに構ってたら、わたしまで、オモラシしちゃったもんっ……あああ、っ、そんなの、駄目よっ…あ、あぁの子たち、まだ、子供だから、オモラシくらいしたってへっ、平気だろうけどっ!! で、でも、…わたしっ、わたしはっ、もうオトナなんだもの、先生なんだもの、っ!! あんなところでオシッコ漏らすなんて駄目、ッ、無理無理無理よっ、できないわ!! ……ちゃ、ちゃんとした、っ、トイレ、おトイレでなきゃ、だめ…っ、なの……!!)
少女達の繊細な羞恥心を踏みにじり、傲慢に決めつけて、蓉子は己を自画自賛で飾る。自分を鼓舞し、励まし、過酷な運命に立ち向かうヒロインの妄想に陶酔して、下腹部に詰まった1リットル半もの特濃オシッコから目を逸らそうとしていた。
(んぁああ!? あっあぁっ、あっ、あ、あっ!! っっだめ、まだだめっ、まだしたくなっちゃ駄目ええ……っ!! あーんっ、まだ駄目え……っ!! も、もうちょっとっ、もうちょっとだけ!! っあ、あそこで、っあそこでなら、オシッコ、おしっこ、ぷしゃーって。ぷしゃーって、いっぱいオシッコできるのよぉ♪ あそこにイクまで、っ、がまんっ、後ちょっとの、我慢っ、ガマンよぉ……っ!! ああーーんっ!!)
しかし――ああ、しかし。まさに悪魔が運命を嘲笑うかの如く。
或いは、聖職にありながらも恥ずかしくも守るべき教え子を踏み台にして辿り着いた蓉子への報いを示すかのように。
公衆トイレの前には地獄のような光景が広がっていた。
「なっ……何よ、なによこれぇええええ……っ!!!」
目の当たりにした蓉子は声を上げる。雑踏の中のいくらかの視線が、公衆トイレの前で前屈みになってぷるぷる震える女教師へと注がれる。
遠目には、サービスエリアの周りの人だかりのように見えた。
近付くにつれ、それが規則正しく一定の法則を保っているのが分かるようになった。
それでもなお、蓉子は認めていなかったのだ。
公衆トイレの女性用入り口の前に、100人を超える順番待ちの行列ができている事など。
このサービスエリア唯一の、公衆トイレ。
その前に並ぶ、長蛇の列、列、列。蛇腹状に作られた大行列が、婦人用トイレの入り口から伸び、遥か長くくねるように、公衆トイレの前にできあがっていたのだ。目に入るだけでも100人近いと分かる、長蛇の列。その行列はすべて、女性用トイレに入るための順番待ちである。
このサービスエリアの混雑がが連休中の行楽地だとするなら、公衆トイレの前の順番待ちは一番の人気アトラクションの入場ゲートに等しい。
この列に並ぶ女性のほぼ全てが、内心で強い尿意に耐え、オシッコを済ませるために居ると言っても過言ではない。
何度も挫けそうになった心を繋ぎ止め、懸命に堪え、羞恥に耐え、辿り着いてなお――蓉子が女性用のトイレの個室に入ってオシッコを済ませるには、この順番待ちを乗り越えねばならなかったのだ。
「そんな、そんなぁあ……っ!! なんで!? なんでこんなに混んでるのよぉおお!?」
叫ぶ蓉子だが、全ては当然の帰結である。
これだけの混雑をみせた大渋滞、一体どれだけの人々が高速道路で立ち往生していた事だろうか。サービスエリアに入るにも30分近い待ち時間があるという時点で、余りの異常事態だ。この高速道路前後数十キロにわたる大混雑地域の、唯一のトイレが、ここなのだ。
そこに殺到する人々が出るのは至極もっともであり、少し考えれば容易に想像のつく事態なのだが、切羽詰まった蓉子にはいまのいままで、そんなことをちらとでも考える余裕すらなかった。
あるいは――意識的にか、無意識にか、蓉子は自分でその可能性に思い至ることを禁じていたのかもしれない。そんな事実に直面すれば、もう我慢の限界のオシッコが、懸命の努力を嘲笑うかのようにその場で溢れ出してしまうから。
しかし現実は非情である。ただただ、視界を横切るように続く長い長いトイレの順番待ちが、厳然たる事実として目の前にあった。
社会見学バスの話・57 清水蓉子その9
