社会見学バスの話・59 女教師のオモラシ1

「んぁあぁあぁああっ!? も、もう駄目ぇええ!!」
 蓉子は、婦人用トイレの入り口から伸びて蛇行する順番待ちの大行列を前屈み前押さえガニ股のまま迂回し、その隣に入り口を並べる、もう一つの列へと突っ込んだ。
(漏るッ!! 漏るもるもる漏れちゃう出ちゃう漏れちゃうオシッコおおぉおお!! トイレ、おトイレ!! おトイレェええ!! あ、あぁああんっ……んぁあ、トイレ、トイレェえ……・っ、あ、っこ、こっち、こっち空いてるじゃない!! はぁあ……ッ、こっちのおトイレ、こっちのおトイレはいるのぉおおっ!!!)
 あろうことか、26歳の女教師は恥も外聞もなく紳士用のトイレになだれ込んだのである。
 ――列が空いている、ただそれだけの理由で。
 無論、比較問題としては確かにそうだろう。実際、男性用のトイレは女性用のトイレに比べれば格段に混雑は少なかった。一般論としても個室と小用便器を分けるという構造上、同じ面積であっても一度に排泄を済ませることが可能な人数は多く、面積当たり、あるいは時間当たりの処理能力は高く、女性用のトイレよりも効率は上だ。最適化されているといっても良い。
 もっとも、たとえオシッコであっても人目を避けるためやその排泄体制の問題から個室を使用しなければならず、その利用時間も男性の倍から3倍近いという、女性特有の事情もあるだろう。
 加えて、小用であれば男性は女性よりも遥かに簡単に『非常手段』を取ることもできる。『その辺で済ませる』ことへの心理的な障壁の差は段違いだ。ちょっとした場所で簡単にオシッコを済ますことのできない分、総数で見ればどうしても、女性は男性よりもトイレの利用割合が多くなる。
 しかも『女の子』にとって人前でおトイレに立つことは恥ずかしいという風潮は現代でも根深く残り、女性は押し並べて男性よりも尿意を人前で我慢しがちであり、そうやってしっかり溜め込まれてしまった分、回数の限られた排泄はさらに激しく勢い良く、長くなり――一回当たりの利用時間を伸ばしてしまうのである。
 その他多くの複雑な理由によって、男性と女性のトイレの混雑は明白だった。
(こ、こっちならすぐに入れるわっ、ぜんぜんひと居ないもんっ、すぐにオシッコ、今すぐオシッコできるのぉ…ッ♪ おっ、おトイレで、オシッコ、オシッコぷしゃーって、ぷしゃぁあああってできるのよぉ……ッ♪)
 しかし、いかにそんな一般論があろうとも、この大渋滞の人混みである。比較すれば人の数が少ないというだけで、男性用のトイレも十分に混雑していた。トイレを求めているのは女性ばかりではない。彼らとて同じ渋滞に巻き込まれ、長時間を車内で過ごしているのだ。尿意を覚えるのは当然のことだった。
 事実、トイレの入り口には短いながらも順番待ちの列があった。
 その彼等を突き飛ばさんばかりの勢いと剣幕で、いい歳をしたスーツ姿の女性がガニ股で突撃してきたのだから、男性一同の驚愕は並みのものではなかった。
「もるもるもるぅもるの、漏れちゃうの、漏っちゃう、漏れちゃうう!! っくぅうううう、も、っもれっ、オシッコ漏れちゃうのぉおお!! っはぁああ、ああぁんっ、ああーーんっ!! ね、ねええっ、ねえっ、オシッコ出る、おしっこでるうぅううう!!! オシッコ漏れるぅううううう!!! ねぇえんっ、んぁあ……っはぁ、はあはあ、ぉ、お願いっ、お願いよぉ、トイレ、ナカ入らせてッ、オシッコさせて!! はやく、はやくぅうっ!!」
 あまりにもはしたない叫び声と共に、激しく身悶えし、タイトスカートの前を押さえこんで足踏みをする女教師。普段はつつましやかな美貌は、決死の我慢によって汗だくになり、荒い息と喘ぎ声が懇願の最中にも混ざる。
「ぉ、お願いい、イイでしょっ、いいわよね、ナカ、ナカに、おねがぃい、ッ、っはぁあはぁ、わたし、ッ、もう駄目、もう駄目なの、いっちゃう、オモラシ、しちゃっ……な、なかに、入れてぇえ!! っ、はぁあナカに、早くゥう!!!」
 もじもじ、くねくねッ、ぎゅうぎゅうッ、かくかくッ、上気した頬で唇を震わせ、蓉子の懇願はもはや淫語と変わらない。いい歳をした『お堅い』印象をつくるスーツ姿の女教師が、はしたなくおもねってねだるトイレ使用許可の申請に、周囲は騒然となる。
 しかし入らせろと言われても、ただのトイレの順番待ちだ、この場を取り仕切るリーダーがいる訳もなく、男性一同は困惑の中にあった。おおよそここまでの必死な、惨めきわまる女性のトイレ我慢モジモジダンスなど、多少人生経験が豊富であろうと生涯に一度遭遇することもないような珍事である。
「ッんぁあああああっ、は、はいる、入るわよッ!!」
 呆気にとられる男性陣を押しのけて、蓉子はそのまま紳士用トイレの中へと突っ込んだ。
 女性用との区別を測るため、薄いブルーで統一された男性用公衆トイレの内装。そのタイルを蹴り破らんばかりの猛烈な足踏みで、蓉子は一直線に奥の個室を目指した。
 身悶えしながら、数少ない個室のドアに取りついた女教師は、赤い『使用中』のロックを一瞥してまた呻き声を上げた。
「んはぁあああああっ……!?、ぅ、っうぅう、嘘、うそぉお!! なんで、何で開いてないのよォぉおおッ!!!!?」

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