社会見学バスの話・71 2年A組の“マーキング”

「見てみろよ、ほら、あれ」
「うわ……すげえ……。あれ、全員そうなのか?」
 少女達を取り囲む人々の中、特に男性を中心にして、隠すことなく下卑た視線を向けてくる者たちもいた。思春期の女の子が人前でオシッコを我慢している仕草なんで、それだけでも十分に『ある趣味』をもつの男達にとっては垂涎の光景であろうが――十代の幼さを残した彼女達が羞恥に顔を紅く染め、俯いてきつく唇を噛み、言葉少なに脚をモジ付かせる様は、男達の欲望を誘うに確実であった。
「やべえ、これ、ちょっと俺目覚めそうかも」
「馬鹿言ってんなよ」
「いや、ほら、だってさあ」
 荒い吐息を必死に堪え、押し寄せる尿意の波に喘ぎ声を漏らし、見られまいと濡れたスカートの肢体をよじり、立ち止まって硬直した足元にぱしゃぱしゃと新鮮な水流が迸る――そんな有様の少女達が十人以上、延々とサービスエリアを横切り歩いてゆくのだ。
 滅多に見られない光景に、容赦なく携帯カメラのレンズが向けられ、シャッター音までもが響く。同様に動画だって撮られているだろう。
 人一倍羞恥に敏感な年頃の少女にはあまりに無残な仕打ちだ。
「本当、もうなんなのあの子達……信じらんなくない?」
「ですよねー。ちゃんと漏らす前にトイレ言っとけッて感じ。つかいい歳して、恥ずかしくないのかなあ。我慢しろっての」
「ねえねえ、ママー、あのお姉ちゃん達おしっこだよ、おトイレ我慢してるよ!」
「ほら、指差さないの! そうね、キリエはちゃんと我慢できたものね、えらいえらい」
 一方、女性陣はどちらかと言えば軽蔑、あるいは侮蔑の感情が強い。自分たちもトイレ、排泄に関しては同じように人一倍の苦労をしているだけにか、サービスエリアで漏らしてしまった少女達、同性の痴態に対しては殊更に冷ややかだった。
 そして。
「間違いないって! ほら、良く見ろよあの子達、絶対そうだって、さっきのバスから降りてきた子達だって……」
「うぉお……マジか? さっき見逃したんだよ俺……うわあ……」
「だ、だれか、カメラ、カメラ持ってねえ!?」
 高速道路の大渋滞において、並ぶ車列はほぼ同じ速度で進む。この時間、サービスエリアに辿り着いて休憩している数多くの車の中には、佳奈たちを乗せたバスの近辺を並走していた車も少なくなかった。
「ちょっと……なに、本当に漏らしちゃったの? バスの中で済ませればいいじゃん」
「いや、でもあれはしょうがないんじゃないかなあ……」
 進まぬ渋滞の車列、不自然な路肩停車を繰り返す不審な運転をしていたバスと、そこから降りた9人の少女――あの一連の『不祥事』の顛末をしっかり覚えている者が、この場にも居たのである。
 あの時、高速道路の路肩で起きた一連の事件は、忘れるにはあまりにも鮮烈で衝撃的な光景であった。
 制服姿の少女たちが、路肩に止めたバスの陰でオシッコをしようとしていた事や。
 動き始めたバスに気づかずに、下着を下ろしスカートをたくしあげ、女の子の大切な所をあらわにしていた事や。
 高速道路の路面に恥ずかしいオシッコを噴き出させる瞬間や。
 その後動き出したバスを追いかけ、パニックになって転んでしまう少女や。
 満足に下着も引っ張り上げられないまま、ほぼ下半身丸出し状態で足の付け根を抑え込み、バスを追いかけた少女たちの恥辱の姿を、目撃者達は一部始終仔細漏らさず記憶していた。
 いまもあの路肩に残されているであろう女の子のオシッコの『マーキング』は、あのバスに居た2年A組の少女たち全員に、オシッコ我慢の限界にあるという烙印を焼き押したに等しい。
 同じ制服と同じバス、その符号ははっきりと、高速道路で起きた痴態とこの場を歩く少女達を結びつけ、一つの結論を弾き出す。
 いや。たとえそれを知らずとも、おなじ制服を着た少女達が激しく身をよじり足踏みをし、サービスエリアの一点へ脇目もふらずに進む様は、他に誤解のしようがない。
 ギュッとスカートの上からあそこを押さえる恥ずかしい格好をしていれば、全員がオシッコをがまんしているのはすぐに分かることだ。
 噂はさざ波のように広がり、さらに多くの好奇の視線となって少女達につき刺さる。逃れようにも隠れる場所はなく、目指すトイレまでは遠い。押し寄せる尿意が下腹部の刺激と共にじゅじゅううと溢れ出して地面を直撃し、それがまた何よりの『証明』となってしまう。
 紺色の制服は、2年A組の少女達の所属を示すだけではなく。彼女達が限界までオシッコを我慢し続けていることを、周囲に宣伝しているに等しかったのだ。

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