科学部部長の理科室閉じ込め

とん(@kyzn001002)さんのつぶやきに触発されて書きました。
理科室の状況想定にご協力いただいた皆様、ありがとうございます。


「……うむ、参ったな」
 固く閉ざされた理科室のドアを前に、須鳥聖美は途方にくれながらつぶやいた。部屋に二カ所あるドアはどちらもしっかりと施錠され、何度揺さぶってもびくともしない。
 白衣の袖を握り締め、どうにか開けることはできないかと試行錯誤を繰り返すこと3回。検証は十分に再現性を満たし、間違いなく開錠は無理だと証明できてしまった。
「まったく、中に誰かいるのかも確認せずに施錠とは、わが校の安全管理もなっていないな。これでは生徒たちの理学への興味を遠ざける一方だ。嘆かわしい」
 口を尖らせつつ、ずれた眼鏡の位置を治し、腕組みをして深く溜め息。上履きの爪先で交互に床を叩く。
 校内でたったひとりの科学部員兼部長の精力的な活動は、残念なことにそのことごとくを認知されておらず、なかなか一般生徒への理解が伴わない。
 というかそもそも科学部は正式な部活どころか同好会扱いですらなく、単に変わり者の生徒が勝手に白衣を着て理科室を無断で使っているだけというのが実態なのだが――それはノイズなので聖美は無視する。
 科学者はいつも孤独であるのだ。
 見回りに来た教師が誰もいないと誤認してドアを閉めたのも、聖美が休日である土曜日に無断で理科室に入り込み、気付かれないように実験棚の隅に潜んでいたからなのだが――科学者は過去を振り返らない。
「……というかそもそもだ。ドアが内側から開かない仕様になっている構造に誰も疑問は抱かなかったのか?」
 こつこつとアルミ製のドアを叩いて吐息。落ち着かない足取りのまま、白衣姿の少女は室内をうろうろと歩き回る。
 今更な疑問を口にするが、無人の理科室のどこからも反論は帰ってこなかった。
 ひとしきり昨今の若者の理系離れについて嘆いてから、聖美はとてとてと窓の方へと向かう。実験台の下から引っ張り出した椅子の上に登り、眼鏡を持ち上げて窓枠の外を覗き込んだ。
 落下防止用の金網の向こう、開けた窓から見下ろした先には5mほど離れた地面。いかに日ごろ、実践をもって科学の素晴らしさを世に知らしめ広めんとすることをモットーとする聖美とても、いまさら地上5mから重力加速度を体感するために飛び降りる気にはなれない。
 しばし無言で地面を見下ろし――いちど小さく背中を震わせてから、聖美はおとなしく窓を閉めた。
「……整理しよう。二つある出入り口のドアはどちらも施錠されており、内側からの開錠は不可能。奥のドアは薬品室。その先は行き止まりでありどこにも出られない。窓の外は地上3階。むろん梯子や非常階段もない。加えて、今日は土曜日だ。巡回してくる宿直の教師は限られている」
 確か、以前に確認した名簿では、見回りは午前と夕方の2回だけ。つまりあと6時間は誰もやってこない。だからこそ、誰にも邪魔されない今日を見計らって実験の為に理科室に忍び込んだわけだが……
(合鍵を落としてしまったのはいかにも間抜けだったな……)
 棚の隙間に転がり込んだスペアキーは、どう頑張っても引っ張り出すことはできそうになかった。密かに用意するのに随分と苦労したのに、年末の大掃除までは取り戻せそうにない。
「……つまり、要するに、だ」
 顎を擦りながら、ぐるぐると実験台の周囲を歩き回り、聖美は眉をしかめる。じっとして居られず、少しでも考えをまとめるためにはこうして動いている方がまだマシだ。
「要するに、私がこうして閉じ込められてしまったということは疑いようのない事実であることが証明された」
 ぐるりと、ぶかぶかの白衣の袖を広げて宣言する。
 ……いまさら証明するまでもなく当たり前のことだが、聖美には改めてそれを確認する必要があった。
 いや、どうしてもそうやって口に出して確認しておかなければならない、必要に迫られていた。
「そして、おそらく今日の夕方まで、誰も来ない。……この部屋のドアは開かず、私は外に出ることができない、わけだ」
 聖美の日ごろの活動が実を結び、科学の面白さに目覚めたクラスメイトが大挙してここへと押し寄せてくるようなことでもなければ。科学を志すものとして、聖実は無根拠に奇跡を信じるようなことはしないが、それでも今はそれを検討したい欲求にかられている。
 ……つまり。
「つまり――、控えめに言っても、これは、……んっ、……早急に差し迫った危機だ、ということになるな……」
 理科室に閉じ込められてしまった、(自称)科学部部長の4年生。制服の上から纏った白衣の裾、そこから覗く細い脚は、小刻みに小さく震えていた。
 そわそわと落ち着きなく擦り合わされる膝と腿、古びた板張りの床を、上履きが交互に足踏みする。白いタイル張りの床の上、上履きのゴムが擦れて耳障りな音を響かせた。
「んぅ……ッ」
(だ、だいぶ、辛くなってきたぞ……っ)
 理科室の主、須鳥聖美は。
 白衣の下、激しく尿意を訴える下腹部を、スカートの上からぎゅっと押さえ込んで。密室となった理科室のなかでトイレを求め、途方に暮れているのだった。
 ぞわり、ぞわり。断続的に背筋を這い上る感覚。足の付け根にじんと響く熱い疼き。乙女の『水門』を内側から引っ掻くような刺激が、時間と共に強さを増している。
 そっと撫でた下腹部は制服の上からでもはっきりと硬く強張り、張り詰めた欲求がいよいよ限界に近いことを知らせていた。
(こ、これはまずい、かなり……かなり、余裕がないな……っ)
 床の上に足を踏み鳴らし、聖美は落ち着きなく辺りを見回す。
 聖美が最後に水分を摂取したのは今朝の登校前だ。梅雨時の晴れ間、湿度も高く気温も上がる今日の気象状況に合わせ、熱中症を警戒してたっぷりのスポーツドリンクを二杯飲み干した。
 その前に朝食で牛乳をたっぷり飲んでいるので(カルシウムの摂取が身長やバストサイズに影響するというのは迷信に近いことは科学部部長として百も承知であるが、世の中には合理性とは別にすべき努力というものがある)、水分の総摂取量は7~800mLに迫ることであろう。
 翻って、聖美が最後に用を済ませたのは昨晩だ。日付を超えるあたりになって、つい実験ノートを読み返していた時に思いついた実験にすっかり夢中になり、気が逸っていた聖美は、あまり眠れないまま日が昇ると早々に朝食を済ませて家を飛び出した。
 その時に、トイレには入らないままだったのだ。
 真っ直ぐに学校を目指している間も、すっかりそのことについては思い至らなかった。
(まあ、あの時はさほど辛くもなかったし、実験の途中ででも行けば良いと思っていたのだが……失敗だったな……)
 そのまま理科室に忍び込み、実験に勤しんでいるうち、昨晩の夜更かしと睡眠不足から押し寄せた睡魔に負けて、ずりずりと実験台にもたれかかって寝込んでしまったのである。
 白衣の袖を涎に濡らして目を覚ました時には、見回りに来た教師が理科室に施錠をして出て行ってしまったところであり。
 閉じ込められた事を理解するとほぼ同時、聖美は猛烈に高まりはじめた尿意を自覚したのである。 あるいは――そのタイミングで目が覚めたのも、身体が強烈な尿意に耐えかねてのことかもしれなかった。
「……んっ……、ふ…ぅ……はぁ……っ」
 そして30分あまり。無人の密室に閉じ込められ、どうすることもできないまま聖美の排泄欲求はさらにじりじりと高まり続けていた。尿意はいよいよ激しさを増し、波のように断続的に少女の脚の付け根に押し寄せる。
 じん、じぃんっ、と疼く股間の刺激に、思わず息は荒くなり、姿勢はみっともなく前屈み。膝を擦り合わせるような足踏みがやめられない。
 真っ直ぐ立っていられなくなって実験台に寄りかかりながら、聖美は白衣の裾を握り締めた。
「こ、これはっ……まずいぞ……。良くない、たいへんに良くない……っ」
 張り詰めた下腹部、少女のダムを満たす水量は既に危険水位を突破し、すぐにでも水門の解放を叫んでいる。せり上がってくる排水の緊急警報に、聖美は切羽詰まった様子で周囲を見回すが、当然ながら理科室の中にトイレを済ませられるような設備などない。
(ううっ……た、確かにあれだけ水分を摂取したのだから、私の循環器系が正常である以上、生理的欲求は当然だが、な、なにもこんな時に……んぅ……っ)
 揺れ動く腰に意識がもっていかれ、思考が上手く定まらない。白衣の上を何度も握り締め、はあはあと息を繰り返す。
(そ、それに……発汗だってあるはずだ。なにも、摂取した水分すべてが排泄されるわけではない、はず……っくぅっ)
 だが。現実問題として。
 次のあのドアが開くのは6時間後。教師の夕方の巡回を17時きっかりと仮定して、正確には5時間37分後。
 そこまで我慢を続けていることができるのか?
(むっ、無理だ……っ、ぜったい……っ)
 無謀な想像は尿意を刺激する。きゅうんとうねる下腹部に、またこぽこぽと恥ずかしい熱水が注ぎ込まれ、ダムはますますその水位を増す。
 実験台に手をついて、額に薄く汗を滲ませ、聖美は懸命に考えをまとめる。
「こ、このまま待っていて、ドアが開く確率は非常に小さい……。そ、そして、救援の手は望み薄だ……。み、認めたくないが、そ、その前に……っ、」
(げ、限界、が……来てしまう……っ!!)
 思考がそこまで辿り付くのを見計らったかのように、きゅうんっと下腹部が強い尿意を叫ぶ。股間の先端へ走り抜ける痺れに、聖美はとっさにぎゅうっと脚の付け根を握り締めた。
「……ひゃう……ッ!?」
 白衣が皺になるのも構わず、ぎゅうぎゅうと股間を押し揉み、身体を伸び縮みさせる。水門を激しくノックする恥ずかしい水圧を、両手の助けで押しとどめる。
 懸命に堰き止める足の付け根、中には、刻一刻と恥ずかしい熱水が注ぎ込まれ、乙女のダムの貯水量は限界を超えつつあった。
「くっ、……うぅっ……だ、ダメだ。間に、あわないっ……そ、その前に……どうにか……っ、どうにかしなければ……っ」
 この、迫りくる危機を回避するために。
 なんとかして、窮地を打開する方法を見つけなければならない。科学とは自然を理解し克服するもの。科学部部長のプライドにかけて、こんな処で醜態を晒すわけにはいかないのだ。
「ぁ……、だめ、だめっ……っくぅう……ッ」
 もうまもなく、限界がやってくる。それは事実だ。聖美とて理解できている。しかし、こうして密室と化した理科室の中で、聖美が最悪の事態を避けるために選ぶことが可能な手段は驚くほど少なかった。
 まず、当然ながら理科室の中にトイレは無い。それに代わる代替器具、おまるや尿瓶、紙おむつといった正しい方法で排泄を済ませるための器具も――たとえ存在していたからと言って、聖美がそれらを使う気になるかどうかはまた別の話だが――存在しない。
 では、正しい方法での排泄が不可能ならば。それらの可能性が塞がれたならば、次に探すべきものは、論理的に言っても明らかだ。
(……や、やはり、仕方ないのか……っ)
 科学部部長としても。それ以前に一人の乙女としても、あまりに不本意な決断であるが。他に手段がない以上、検討しないわけにはいかない。
(な……なにかの、入れ物に、して、しまうしか……っ)
 液体を中に溜め、保持しておけるような容器。それに、いま聖美を苦しめている悪魔の液体を残らず出してしまえばいい。
 今すぐに、ここで。
 そのなかにオシッコをしてもいい『容器』を使って、トイレを済ませてしまうのだ。
「っ……」
 普段、授業でも使う特別教室で行うなど、到底許されないはずの行為。理科室での排泄。それに少女の理性はありえないと非難を叫びつづけている。科学部部長の合理的な判断は緊急避難としてそれしか手段がないことを訴えるも、聖美の少女部分、乙女の羞恥心はそれを強く拒否し続けていた。
(だ、だが……っ)
 トイレではない場所での排泄。それは少女としての、科学を志すものとして、築き上げた人類の英知、文明を捨て本能への敗北を認めるものだ。
 だが、いまや聖美は、この苦しみから自分を解放してくれるものを喉から手が出るほどに切望し探してしまうほどに、猛烈な尿意と戦い苦悶していた。
(こんなところで、漏らして……しまうわけには……っ!!)
 意地を張っていれば、それこそ最悪の事態に至る。制服を汚し床一面を濡らし――己が惨めに本能に敗北する姿。それこそが、最悪の事態である。その前の段階で被害をとどめるためには、論理的に正しい選択を選び取らねばならない。
「し、しかたない……しかた、ないんだ……っ」
 言い訳を繰り返しながら縋るように見回した理科室の中には、しかし聖美の望む『用途』に適合するものは思いのほか少なかった。まず思い当たったのは床の掃除などに使われるであろうバケツ。しかしこれらは廊下を挟んだ反対側の理科準備室に収められている。理科室に閉じ込められた聖美にはどうしようもない。こうまで綺麗に片付けなくともと思う聖美だが、理科室の掃除を勝手にやっていたのは彼女自身でもあるので強く言えない。
 次に思いつくのは、実験器具であるビーカー類。バケツに比べてそれを求める『用途』に用いることには強い忌避感があったが、背に腹は代えられない。
 しかしこちらはガラス器具ということもあって、戸棚に保管され施錠されていた。地震対策や、生徒が教師の目の届かないところで迂闊に手を出して怪我をしないようにという配慮である。まったくもって素晴らしい安全意識だが、今の聖実にはまるで有り難くない。
 薬品室には当然のようにビン類があるが、これらは大事な試薬を保管するものだ。勝手に開けていいはずがない。
「…………で、では……」
 ちら、と聖美の視線が実験台脇の流しに向けられる。
 実験台に作り付けられたホーロー引きの流しである。室内にある実験台それぞれにこの小さな流しがあるが、どれも狭く小さなものであり、器具を洗浄するならばともかく、それ以外の用途にはあまり使いやすい形状ではない。
 いわんや、切羽詰まった聖美の『欲望』を解消する『用途』には、とてもではないが不向きだった。
 もし、これを『使おう』とするならば、まずは下半身に身に付けているものを全部脱いで、片足を大きく持ち上げ、実験台に足を掛けるようにして大股開きとなり、『噴射口』の角度を調整してやらなければいけない。
「――――っ!!」
 その姿を克明に想像してしまって、聖美の顔はみるみる赤く染まる。まるで、犬が電柱にするマーキングと同じ――いや、それよりも遥かにみっともない姿だ。
(で、っ、できるわけないっ……!! できるわけないだろう、そんなコト……っ!!)
 仮にも科学部部長ともあろうものが、いくら限界だからって、実験台の流しにまたがってだなんて、そんなはしたない真似を――。
 もう、トイレを我慢できないからと言って。
 理科室の流しを使って、オシッコしてしまおう、だなんて。
「だ、だめだっ、ダメに決まってるだろうっ……!!」
 ぶるぶると首を振って、聖美は懸命に頭の中からイケナイ想像を振り払う。下着を脱ぎ、スカートを腰の上まで持ち上げて、流しの排水口めがけて猛烈な勢いで黄色い水流を噴射させている自分の姿。禁忌の想像に、股間が逸るようにじゅっと熱い湿り気を滲ませた。
「だ、駄目だっ!! だ、第一、ここは実験廃液しか流してはいけないことになっているんだぞ……!? 普通の排水とは別に、中和処理がひつようなはずで……っ」
 猛烈な勢いで、ホーロー引きの流しの中へと叩き付けられる『乙女の排水』。流しの排水口に流れ込んでいったそれらの液体が学校の処理装置まで辿り付き、専用の中和槽に蓄えられる光景。
 排水に異常がないかを確認するために『分析』され、普段とは違う『検査結果』から、自分の行為を克明に暴き出されてしまう様子までをも想像してしまって、聖美はとうとう頭から煙を吹いた。
「だ、ダメだ! とにかく駄目だっ!!」
 ばん、と実験台を叩き、聖美は妄想を振り払う。興奮したせいでさらに尿意が募り、しばらくそのまま俯いてぷるぷると震えたまま動けなかった。
(っ……ぁ)
 次々に塞がれる選択肢――切羽詰まった事態の中でいよいよ募る猛烈な排泄欲求。激しさを増す足踏みの中、まとまらない思考を垂れ流し、ぐるぐると理科室を歩き回った聖美が、何かないかと必死に探し回ってついに見つけたもの。
 それは、教卓の隣の流し台にひっくり返して乾燥中の、200mLのメスシリンダーであった。
「…………」
 ちょうど、何かの実験にでも使われた後、濡れていたので戸棚にはしまわれなかったのだろう。流し台に一本だけ取り残された、細長いガラスの計量容器。溶液を計量するのに用いられる実験器具である。
 聖美はその小さな計量器具を前に、長い逡巡をはじめていた。
(……っ……に、200mL……か)
 縋るように握り締め確かめたガラスの計量器具。細く頼りない口を開けた細長い目盛りは、200の数字を刻んでいる。それがこのガラス器具の測り取れる最大容量。貯めておける液体の量になる。
(た、たしか……私の年代の少女の場合、ぼ、膀胱の許容量は……平均して、300mL程度……だったはず……)
 200mLのメスシリンダーでは、少しばかり量が不足している。いや、この目盛りより上まで中身を入れることは可能だが――だとしてもとても300mLには及ばない。精々が230~240mLというところ。
「っ……」
 ぎゅっと閉じ合わせた腿の上、張り詰めて強張った下腹部をそっと白衣の上から撫でる。じんと響く尿意は、胃袋の下あたりまでむず痒く感じられる。今なおココに溜まり続け、その量を増している水量は、果たしてこのガラス軽量器具に納まりきるだろうか?
(摂取した水分量が、……700mLと、して……全量は排泄されないはずだから、400……いや、500mLくらいか? いや、食事からも水分は摂取されてしまうし、そもそも……それ以前に、さ、昨晩から、私は、その、トイレに行っていない、のだから……その分も……っくぅっ……)
 ぶるると少女の背中が震える。身体を押し付けられ震動の伝わった実験台の上で、小さくメスシリンダーが震えた。
(っ……待て、落ち着け……冷静になれ。……わ、私は、控えめに言って、あまり……認めたくないことだが、事実として、同級生よりも、発育の良い方ではない。つ、つまりは、それだけ……身体の各所の部位が、小さい……小ぶりである、ということだ。それは、お、おそらく臓器だって同じことのはずだ……)
 ここまでは間違いない、と小さく口の中で繰り返し、聖美はきゅっと唇をかむ。
(つまり、ということは……同年代の少女の平均に比べれば、我慢できる量も、少ない、はずだ……。で、あれば、私の場合であれば、なんとかこれに納まるだけの量ということだって、ありうる……お、おかしくはない、違うか……?)
 細く口を開けたガラス計量器の小さな口を見つめ、自問する。目盛りを超えて擦り切り一杯、推定240mL。
 それくらいの差であれば、なんとかなるのではないか。
 聖美の思考は、科学の敗北ともいえる、根拠なき希望的観測に傾いていく。
 じんじんと高まり押し寄せる強烈な尿意の波は、傍目にも甘い見積もりであると聖美の都合のいい想像を強く否定していた。
 しかし、今の聖美には目の前の客観的事実よりも、自分を励ましてくれる希望的観測を強く求めている。
 それは、客観的な事実と正確な実験結果に基づき、論理立てて推考し、合理的な決断を下す、科学部部長としての立場を自ずから否定することに他ならない。
(っ……はぅ……くぅう……ッ)
 だが、もはや。迫りくる原始の欲求に悶え苦しむ少女に、そのことは思い至れない。
 あれだけ水分を摂取して。
 昨日からずっと我慢を続けていて。
 これだけ猛烈な尿意を訴えるオシッコが、そんなささやかな量であるはずがないのに。
 少しでも冷静になれば自明の結論。だが、閉ざされた密室の中、他に解決手段を持たない少女は、偽りの結論が導く放水の誘惑から視線を背けられない。
「し、しかたない……しかたないんだっ……ほ、他に、どうしようもないっ!!……こ、これ以上っ……んぁぅ……が、我慢、できない……、んだっ……!!」
 ぶるり、と大きな震えが少女の腰を震わせる。それは、間もなく限界が訪れようとする合図。これまで以上に激しい大波が、一気に押し寄せてくる予兆。
 時間がない。もはや躊躇している余裕はない。決断の時だ。
「こ、これに……済ませる、しか……っ!!」
 赤くなる頬を自覚しながら、聖美はぐっと唇を噛みしめ、ついにメスシリンダーを掴んだ。手近な実験台の陰へ回り込むようにして、白衣の前を広げ、スカートを持ち上げる。
(っ……ううっ、こんな、……この私が、こんなこと……っ!!)
 羞恥を堪えながら、下腹部をぴっちりと覆う下着――凹凸の少ない体型に良く似合う、飾り気のない薄いブルーの下着を膝下まで引き下ろす。剥き出しになる白い肌は、余計な産毛ひとつない綺麗な乙女の証だ。
 いまも小刻みに震える下腹部は、耐え続けた尿意にうっすらと膨らんでいた。
「っあッ、だっ、だめ、まだ……ッ」
 遮るものの無くなった股間が、触れた外気の刺激に反射的に緩みそうになる。狭い放水路にたちまち注水が開始される。短い排水路、出口付近に感じる熱い刺激に、聖美は激しく身をよじって抗った。まだ準備は終わっていない。そう言い聞かせて下腹部をなだめ、腰をくねらせつつスカートの端を口に咥え、卓上のガラス容器を掴む。
(あ、だっ、だめ、で、出るぅうっ……!!)
 既に聖美の下半身は排泄の準備を整えていた。メスシリンダーに手を伸ばした瞬間に、排泄をはじめてしまっていたと言っても過言ではない。
 待ちきれないというように、尿意の解放に歓声を上げていた。心持ち広げた脚の足の付け根に、少女は握り締めた細長いガラス容器を近付ける。
 改めて見ると、頼りないほどに小さく狭いガラス容器の入り口。普段使うトイレの何十分の一と言う小さな『的』めがけ、その中に納まるように狙いを絞り、勢いを調節し、角度を定めて放水をコントロールせねばならない。
 だが。酷使された括約筋はもはや精妙な制御を失っていた。ガラスの丸い口が勢いあまって触れた刹那、その冷たい刺激に反応して、少女の股間からぶしゅうっ、と激しい水流が弾け、あどけない花弁を押し開くように熱水が噴出する。
「ぁ、んぅ、ぁ、んぅぅうっ」
(や、っ、やだ、だめっ、こ、こぼれちゃうッ!?)
 聖美が小さな身体で耐え続けた熱水の解放は、限界まで膨らんだ水風船の反動となって、強烈な水圧をもって乙女の水門から放たれた。
 ぶじゅうぅううウウゥッ!! びじゅっ、ぶじゅひびちゃびちゃっ!!
 桜色のスリットを突き破り、はじけ飛ぶ黄色い噴出。装丁していた角度や勢いとは全く異なる、スプリンクラーのごときオシッコの噴射だった。まっすぐ下ではなく身体の前方、前に向かって噴き出した乙女の恥ずかしい噴水は、聖美が構えていたメスシリンダーの丸い口を大きく外れ、ガラスの外壁に弾かれて飛沫を撒き散らし、四方八方ばちゃばちゃと床に飛び散ってゆく。
「んぅ、ぁぅふ、ふああ……ッ」
 スカートを噛んだまま思わず声を上げる聖美。とっさに水門を絞り、排泄を止めようとするが、しかしいったん静から動に転じた水流を押しとどめることはもはや不可能だった。括約筋はいうことを聞かず、半開きになった隙間からぶじゅうぅう、しゅうううっと断続的にだらしなく水流を迸らせる。
 また、同時に猛烈な尿意の噴出は途方もない解放感となって少女の腰を貫いていた。身体の芯を突き破り、足元へと吹き出す乙女の恥水に、腰骨が震え恥骨から響く甘い感覚が少女を蕩かす。
 ぶじゅじゅじゅうっ、じゅばっ、ぶじゅじゅううううううっ!!
(だ、だめ、らめっ、っ、こ、こぼれ……っ、あぁあぅ、は、入らないっ、う、うまく、中にっ、止めなきゃっ、止め、っあっ床っよ、汚れっ、あ、あああぁあっだめでるっでる、でちゃう……でちゃぅううぅうぅッ!?)
 じょじょわああっ、ぶじゅ、じゅうぅぅ、しゅっ、しゅうぅぅうっ……
 ぷしゅっ、ぶじゅぶじゅじゅじゅうぅうううううっ!!
 びちゃびちゃばちゃっ、じゃぼぼぼっ、ぶじょぼぼぼぼぼっ!!
 荒い息で眼鏡を曇らせ、スカートを咥えたまま、両手で構えたメスシリンダーを懸命に動かして、噴き出すオシッコを受け止めようとする聖美。しかし少女の下半身は快感にうねり、勝手に動いてしまう腰の下で水流は蛇のように曲がりくねって左右に跳ね、小さなガラスの口に角度が合わない。
 噴き出す水流は計量器具の入り口をかすめ、外側にぶつかり、目盛りを濡らし、激しく飛沫いては跳ね、メスシリンダーをきつく握り締めた聖美の手までを直撃していく。ぶかぶかの白衣の袖が熱い水流に直撃され、みるみる水を吸って重くなる。
「んふ、んうぅ、ふぁ、む、ううううぅ……ッ!?」
(だ、だめ、っ、でる、止まらな、あぁあっ、だめ、ちゃ、ちゃんと、ちゃんとし、なきゃっ……、なっ、なか、入れなきゃっ、このなかにオシッコ、しなきゃ、出さなきゃ、いけない、のにぃ……ッ!!)
 焦れば焦るほど、水流はガラスの口を外れるばかりだ。全開になった水門から思い切り吹き出す水流はあまりに野太く激しく、消防車の放水すらを思わせる。その勢いはとどまることを知らず、メスシリンダーの入り口をはみ出してなお床に飛び散るばかりだ。わずかに底に溜まった、20mLばかりの液体がガラス容器の中でちゃぽちゃぽと揺れる。
「ぁ、ぁふ、は、ぅうう……ッ!!」
 この状況で、容器にオシッコを受け止めるなど無茶極まりない。聖美のしているその行為は、ガラス器具に噴き出すオシッコを直撃させて、その飛沫で理科室の床一面を汚しているようなものだった。
「っ、っふ、ぅぅう、ぁ、あぁあッ……」
(な、なんで、止まら……止まらないのっ……!? ゆっ、床、服も、汚れっ……お、オシッコするトコ、壊れっ……ちゃった……っ!?)
 ぶじゅっ、じゅぶ、じゅうぅ、
 びじゅじゅっ、じゅぼぼぼっぼぼぼぼぼぼぼっ!!
 目に涙を浮かべ、ついに自暴自棄になって聖美は、ガラスの口を直接、排泄孔に押し付けた。水流迸る水門を、むりやりその小さなガラス穴にねじ付ける。
 とたん、メスシリンダーの状況は一変した。これまで無為にオシッコを浴びせかけられるだけだった細長いガラス容器は、たちまちその中に猛烈な勢いで黄金色の液体を注ぎ込まれてゆく。
 200mLの目盛りなど、ほんの一瞬で突破して。
 少女の股間に押し当てられたメスシリンダーはたちまち満水となり、その許容量を突破した。この程度の容量では、限界寸前の聖美の膀胱の代わりなど、とても務まらないとばかりに。
 なみなみ注ぎ込まれオシッコに耐えかねるように、メスシリンダーの口から黄色い水流が噴き出し溢れ落ちはじめる。
 ぶじゅぅっ、じゅぼぼぼぼっ、ぶじゅじゅぶぶうっ、
 びちゃびちゃびちゃっ、じゃぼぼぼぉぉばばばばっ!!!
「えっ、あ。ぇう、っま、待ってっ、な、なんでっ、なんで、こんなに、いっぱいっ……、で、でちゃうの……っ!?」
 平均300mL。事前知識による『同年代の少女』の基準値を、圧倒的に上回る大量排水。
 剥き出しの股間に押し当てられたガラス容器は、黄金色の液体で満水になって、なお噴き出す水流は行き場を失くし、無毛の少女の恥丘を跳ね、透明容器から溢れ落ちる。
「っ、やだっ、やだああ! なんでこんな、こんなに、っ、オシッコ……ッ、いや、いやあ!! 出ないで、止まってぇっ……!!」
 飛び散る飛沫に、自慢の白衣も薄黄色く染まってゆく。弱々しい抵抗の中、口元まで並々とオシッコを注ぎ込まれたガラス容器を握り締めたまま、聖美はさらに足の付け根の恥ずかしい部位から、激し水流を迸らせ、オシッコを噴き出し続けた。
 メスシリンダーを溢れさせ、床一面に飛び散り、なお弱まる様子を見せない水流は、太腿を跳ね水圧で四方に散りながら、下着を濡らし、上履きをびしょびしょに湿らせて、理科室の床に降り注ぐ。
 200mLのメスシリンダーで言うならば、目盛りの上限を突破し満水にして溢れさせ、さらになお3回以上。
 聖美のオシッコがようやく勢いを弱め、止まった頃には。
 少女が物陰に隠れて下着を降ろしてから、ゆうに3分近くが経過していた。
「うぅうっ……ぐすっ……」
 しょろっ……しょろろろ……ちゃぽっ、ぽちゃっ……
 ぷしゅうぅっ……
 なおもダムに残る水流が、名残惜し気に滴り落ちる。自慢の白衣を薄黄色に染める、恥ずかしい失敗の痕跡。科学部部長ともあろうものが、原始の欲求に屈してしまった証。
 股間に押し当て、握り締めた200mLのメスシリンダー、それをすっかり満水にしてなお外に溢れ零れ。
 床一面に広がる黄色い水たまりは、1辺30センチはある理科室のタイルをゆうに10枚近く占領し、見事なまでの『大海』を築いていた。
 池や湖とはとても呼べない、閉ざされた理科室に出現したオシッコの海原。その成分サンプルのように、びしょ濡れの手で握り締められたメスシリンダーの中身。
 まるでその床の面積こそが、少女のオモラシ――大失敗の規模を測るとでもかのように、聖美の足元でオシッコの海はなお四方へと広がり続けていた。
 (書き下ろし)

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