「ふぅぅっ……くぅんっ……」
「はぁ、はぁ……っ……ねぇっ……まだ、なのっ……!?」
「もう、ダメ、ダメぇ……」
「ちょっと、はやく……してよぉっ!!」
殺風景な広い部屋に押さえ込まれた苦悶の声が響く。古びた体育館にも似た施設の中には、延々と順番待ちをする少女達の列があった。
ざっと百名は超えているだろう。壁に沿って続く列はざわざわと落ち着きがない。
「でちゃうぅ……おしっこでちゃうよぉっ……」
「だいじょうぶだよ……ほら、頑張って……わたしもがまんしてるんだから……っ」
「ダメぇ……もうダメですっ……はやくっ、お願いです、早くしてくださいっ……くぅうっ……」
「早くしなさい、早く――っっ!!」
――そう。少女達は皆一様に顔を紅く染め、膝を震わせながら尿意を堪えていた。
「うくぅうっ……ひんっ……」
「ぉしっこ、おしっこ、おしっこぉ……がまん、がまんんっっ……」
「はー、はぁー……でないで、でないでぇっ……」
「んっ、んんっ、……んううぅっ……」
周囲にいるのが同性ばかりだからだろうか。あるいは、それ以上に猛烈な尿意のためか。少女達の我慢はすでに形振り構っているものではなかった。力一杯股間を握り締め、細かく足を踏み鳴らし、左右に揺すられる腰は止まることがない。良識を持つ人間ならば思わず眉を潜めるであろう、乙女たちにはあるまじき姿であった。
少女達は口々に尿意をを訴えながら、悲鳴を噛み締めて必死に尿意と戦い、列の前方に向けて懇願する。
彼女達の視線の先。部屋の壁に沿うようにして続く列の終点には、小さな白い扉があった。
扉には赤いマークで女性用を示す印が描かれ、その下にはそれを補強する意味の単語が記されている。この部屋には似つかわしくない、小さな四角い壁に囲まれた部屋。
「ねえっ、トイレ――トイレ、まだなのぉっ!!」
少女達が苦しめている尿意を解放できる秘密の小部屋の入口は、たった一つだけ。少女達の数に対してあまりに少ない。
「うぅっ……はぅぅっ……」
「イヤ、イヤぁっ……おしっこが、おしっこがぁ……きちゃうううっ……!!」
「ぁあんっ……早くして……早くしなさいよっ……ねえっ!!」
「ぁ、はぁあっ……あああっ……漏れ、ちゃうっ……」
「……おしっこぉ、おしっこしたいです……っ」
列の遥か先頭。もう一刻の猶予もない切羽詰った様子で、少女達は青い顔をして壁にもたれかかっている。せわしなく立てられた爪が壁をかきむしる音が、かり、かり、と無機質に響く。
彼女達は既に、腰を揺り動かして尿意を堪えることすらできなくなった少女達だ。今の彼女達を支えているのは『うごいたら、出る』の論理である。
「―――っ、ッッ!!」
「ま、まだなの……? はやく……変わって……」
「はーっ、ふぅうーっ、ふうううーーっ、」
列の先頭に立つ少女は、こみ上げてくる激烈な尿意にもはや理性の半分近くを失い、半ば獣と化していた。少女の口は荒い吐息をこぼすだけであり、意味のある言葉を紡ぐこともできない。
もうこれ以上耐えられない。そう確信してからさらに1時間以上、彼女は決壊の瞬間を押しとどめ続けていたのである。
そして、
がちゃり。個室のドアが開く。
「あ……」
そこから顔を出した少女は、一瞬ためらいながらも外を窺う。
ドアの隙間――開いたドア。開いた個室。
開いたトイレ。
そのことを一瞬、先頭の少女は理解できなかった。
同時に、先頭の少女の下腹部に猛烈な熱がどくんっ、とこみ上げてくる。膀胱が破裂しそうな尿意に悲鳴を上げ、少女の身体はもう限界だと言わんばかりに排泄のの準備を始めてしまう。
「ちょ、ちょっと、終わったんならどいてよっ……!! もう、限界なんだからぁっっっ!!!!」
「きゃ……っ」
ドアから一歩を出た個室の少女を押しのけて、先頭の少女はトイレの個室に突進した。
ついに、ついに辿り着いた待望のトイレ。もう我慢しなくてもいいもう我慢できない出るでるでちゃうでちゃうおしっこおしっこおしっこ!! 鍵をかけるのももどかしく乱暴にドアを閉める。
個室から出てきた少女は俯いたまま小走りでどこかへ駆けてゆく。残された大勢の少女達は一人分だけ縮んだ列を震える足で前に進みながら、ぎゅうっと股間を握る手に力を込めた。
「……わたしもおしっこしたい……はやくおしっこさせてぇ……」
「トイレ、おトイレ……おトイレ行きたい……」
「そん……なにっ、おしっこ、トイレって言わないでよっ……もっとしたくなっちゃうっ……」
「ああっ、しちゃう、おしっこ、おしっこしちゃううっ……」
「ちがうのっ、おしっこなんかでないの、でないの、でちゃダメぇっ……!!」
少女達の羨望が、白いドアに集まる。あの小さな扉の向こうには天国が広がっているのだ。少女達を凌辱し続けている体内の恥ずかしい熱湯を思う存分jに処分できる場所が、そこにはある。
さっき個室に入った少女も今頃は下着を下ろしものすごい勢いで身体に溜まったおしっこを放出していることだろう。長い列をずっとずっと我慢していた分だけ量ももの凄いことになっていて、だからおしっこを済ますにはその分さらに長い長い時間がかかってしまう。だからこそ、列は遅々として進まず、少女達の膀胱はますますおしっこでぱんぱんに膨れ上がる。
とんでもない悪循環。
永遠と思える我慢の果て、辿り着けるかどうかも解らないトイレ。だが、そこにおしっこをするための場所があるのなら。そこでの解放感と快感を思い描き、わずかな心の支えにして。少女達は絶望の中必死に身をよじらせる。 ――だが。
「うそ……なに、これっ……!?」
長い長い我慢の果てに個室に飛び込んだ少女は、目の前に広がる非情な現実に悲鳴を上げていた。
小さく区切られた白い個室には、何もなかった。四方を囲まれた白い床には、ただまっさらなタイルが広がっているだけ。そこには汚れた便器どころか穴も開いておらず、なにかを溜めておけるような容れ物すらない。
そこは、ただの白い部屋だった。
「そんな……こんなに、我慢したのにっ……なんでぇっ……なんでトイレないのっ!?」
少女は今にも溢れだしそうなおしっこを両手で塞き止めながら激しく身もだえする。
ついさっきまで、あと10秒もしないうちに恥骨の上のダムは完全放水を始めている予定だったのだ。すっかり準備を整えた排泄孔はいまにも緩み始め、股間の先端からは熱い雫が滲み出している。
擦り合わされる膝がくねくねと曲がり、ダムの決壊を先送りにする。少女は大きく行進の様にその場足踏みを繰り返し、荒くなってしまう息を必死に飲み込んだ。
白い個室。小さな部屋。中腰の姿勢。何もかもがトイレを連想させる。おしっこをするための場所ではないのに、少女の本能は猛烈に排泄を要求してくる。よく見れば、タイルには数滴の雫の跡や小さなみずたまりがあった。本当に我慢できなかった子や、切羽詰りすぎて気付く余裕のなかった子が一回しゃがみ込んでしまった痕跡だろう。
だが、結局そんな子達も気付いたのだ。ここはトイレではない事に。
ここでおしっこをするなんて、とんでもないということに。
「うそ、トイレ、トイレどこっ、トイレちょうだいよぉ!! トイレ行きたいトイレ行かせてっ……トイレ、といれえっ!! おしっこ、おしっこでちゃううっ……でちゃううっ……おしっこさせて、おしっこさせてよぉ……トイレしたいいいいっ!!」
奇蹟を願い、トイレを懇願する少女。だがそれで排泄場所が姿を見せてくれる事はなかった。
平らなタイルの上では、ほんのちょっと漏らしただけでもおしっこは四方八方に広がって、ドアの隙間から川になって流れ出してしまう。こんなにおなかをたぷんたぷんにしているおしっこを気付かれないようにこっそり済ますなんて、不可能だ。
はぁはぁとはしたない排泄欲求を口にしながら、少女は気付いてしまう。
どうしてみんな、こんなおしっこのできないトイレに並んでいるのか。
答えは、単純だった。この広い部屋の中で、何百人もいる女の子に対してトイレはたった一つだけ。だが、実際にはそれすらも嘘だ。ここにはトイレなんて存在しない。おしっこをできるばしょなんてどこにもない。
「ふぐうっうっ、くうううううんんっ……!!!」
もし、ここがトイレでもなんでもなければ、あの列を並んでいる子達はみんな行く場所を失ってしまうのだ。
あとすこしだけ我慢すれば、おしっこができるから。あとちょっとでトイレだから。何十人も続く列に屈してしまいそうな心を、辛うじて小さな希望で支え、ぎりぎりの崩壊を耐えぬいている子は多い。きっとほとんどがそんな子ばかりだ。
そこに、自分が残酷な真実を告げればどうなるか。
ここはトイレなんかじゃなくて。どこまで我慢しても、絶対におしっこはできない。
そこに待ち受けているのはどんな惨劇だろう。
この個室に飛び込むまでは、彼女自身も、必死にそれだけを考えていた。それだけを武器にしてここまで爆発しそうなおしっこを我慢しきったのだ。彼女達の希望を奪うような真似は、絶対に――できなかった。
「んんんんっ、くうぅんっ……ああああああっ!!!」
少女は個室の中でゆっくり姿勢を正し、へっぴり腰を伸ばして必死に自分に言い聞かせる。
おしっこなんかしたくない。おしっこなんかしたくない。ここはトイレ。そう。ここはトイレ。おしっこをするところ。だからもう自分はおしっこを済ませた。もういっぱいおしっこした。すごくたくさんおしっこして、もうすっかりすっきりした。もう完全にすっきりしているから、おしっこなんてしたくない。平気な顔をして出てゆくのだ。
我慢の姿勢を止めたことで、膀胱にますます負担がかかり、少女は唇を噛んで悲鳴を押さえ込んだ。
そうだ。先に個室に入り、出て行った少女達もそうだったのだ。さっき彼女が押しのけてしまった少女も。
ここはトイレなのだから、おしっこのできる場所なのだから。いまもなお苦しみ続けているみんなの為に、ここでおしっこをしたことにしたのだ。
そして、きっと――あの子達は、また部屋の隅に戻って、もうおしっこを済ませたという演技の中で、前よりも何十倍も苦しい必死の我慢を続けて、この嘘を守り通そうとしている。
「開けて、開けてください……おねがい……途中かもしれないですけど……わたしもう無理です……ガマン、無理なんです……っ」
激しいノックの音。そして懇願。その向こうに聞こえるみんなの声。
トイレ。おしっこ。といれ。オシッコ。
ぎゅっ、と手のひらに爪が食い込むほどきつく拳を握り、少女は股間から手を引き剥がす。ありったけの力を括約筋に送り込んで、ぶるぶると震える下半身を押さえ込む。
「……っ、開いた……よ……」
「ああっ、ありがとうございますっ……ありがとうございますっ……すいません、もう、ホントに、本当に限界なんですっ――ごめんなさいっ!!」
ぼろぼろの笑顔を取り繕って、少女は激しくノックされるドアを開けた。
少女を突き飛ばすように、次の順番を待っていた少女がトイレの個室に突撃する。
そして同じように気付いて絶望して、そしてまた気付く。
そう。この部屋はトイレなのだ。
限界ぎりぎりのおしっこ、強まるばかりの尿意に耐えつづける少女達が、自分達を苦しめているおなかの中の恥ずかしい熱湯を、思いっきり出してしまえる場所なのだ。
個室を出た少女は、全力で括約筋を閉めつけ、ぽたり、ぽたりと足を伝うおしっこの雫をごまかしながら、震える足取りで進む。姿勢を正し、股間へと伸びる手を意志の力でねじ伏せる。
「がまんっ……がまんしなきゃっ……」
口の中で呪文のように繰り返される言葉。
もう自分は、“おしっこを済ませた”のだから。我慢しているそぶりを見せるわけにいかない。
彼女はふらふらと定まらない足取りで、部屋の隅を目指していった。彼女と同じようにに、さっきよりも苦しく果てのない我慢を続け、みんなの希望を守っている少女達のもとに。
(初出:リレー小説:永久我慢の円舞曲 50-52 2005/03/22)
嘘のトイレ/広い部屋編
