「――邪魔、するなぁっ!!」
司祭の加護を受けた盗賊の短剣は鈍く輝き、覆い被さる狼の喉を貫いた。
仲間を失っても、群れの侵攻は止まらない。
悪魔との契約によって真紅の紋を捺された狼達は、次々と彼等に襲い掛かってくる。
「援護頼むっ!!」
「は、はいっ」
騎士の言葉に従い、魔術師の少女は発動体のスタッフを握り締めて呪を紡ぐ。
さん、と煌く輝き。
幾筋もの水の刃が出現して、迫り来る狼達を切り裂いた。
同時、
(ぅ、あぅっ……)
体内に沸き起こる衝動に、少女は身をすくませる。魔術とは代償を求めるもの。司祭のように無制限に扱える技ではない。
彼女は水の魔女の末裔だ。生まれてすぐに水霊と契約し、人智の及びもつかないその力を身体に宿して行使する異能者だ。
「くそっ、いくらやってもキリがないぜこりゃ――」
「油断するな!! もうこいつらはただの獣の群れなんかじゃない。れっきとした奴の眷属だ!!」
一刀両断に二匹を斬り倒し、騎士が叫ぶ。
だが、狼達は恐れるどころか一行を巧みに包囲し、その輪を狭めつつあった。
「……っっ!!」
少女は気力を奮い起こし、次の術の詠唱を開始する。
つうんっ、と下腹部が再び膨張を始めた。
ぶるぶると足が震え、腰が引けてゆく。
(だめっ……漏れちゃうぅっっ……)
じんじんと、恥骨を貫き背筋を這い上がってくる感覚に、少女は声に出さず絶叫した。激しい尿意にふっと気が遠くなる。
魔術とは、必ず使用者に代償を求めるものだ。
人の身で、精霊を使役するにはとてつもない代償が必要になる。魔を払う純粋無垢の水を扱う水霊を宿せるのは、穢れを知らない少女の膀胱の中しかない。
「んぁああっ、ダメっ、で、ちゃううううっ……」
水の槍が、司祭を狙って飛び出した狼を貫くと同時。少女ははしたない叫びを上げていた。幸いな事に、仲間たちは激戦の中で少女の声を聴きつけている余裕はないようだった。
水霊は力を使う度に活性化し、閉じ込める檻を破ろうと暴れ回る。
幼い頃からの修行で鍛えられた少女と言えど、こんなに立て続けに魔術を使ったのは初めてだった。下腹部はまるで石のように張り詰め、もうこれ以上少しの余裕もない。
「まだだ!! そっちにも行ってるぞ!!」
「う、うんっ」
(そんなぁ……もう、もうホントに限界……なんだから……)
膝を擦り合わせ、くねくねと腰を揺すり身体をよじって、それでも形だけ平静を取り繕った顔で、少女はスタッフを握る指に力を篭めた。
もう頭も真っ白で、唱える呪もつっかえつっかえだ。
それでも、汚れた牙をむき出しにして吼える狼は容赦してはくれなかった。
「お願い、来ないでぇえっ!!」
絶叫と共に、少女の我慢は限界を迎えた。
痺れそうな甘美な感覚と共に、じゅわ、と少女の股間ではしたない音。
銀色の雨が弾け、狼を縫い止める。
「やだ、やだよぉ……もうやめてよっ……」
(ちがう、ちがうの……ホントにっ、お漏らし、しちゃうからっ……!!)
じゅじゅじゅっ、しゅるるるぅ、
ぱしゃぱしゃ……
耐えに耐えたものが少女のローブの股間をじんわりと濡らし、地面にぶつかって派手な音を立て始める。足をばたばたと踏み鳴らしながら、少女は必死にダムの決壊を堪える。
(おしっこ、おしっこしたいっ……したいよぉっ)
頭の中はそれだけでいっぱいだ。
かなりの量を排泄してしまったというのに、膀胱はなおも満水だった。
水霊の活動は最高潮に達し、行き場をなくしたおしっこは少女の膀胱で激しく渦を巻いている。
じゅじゅじゅっ、と二度目のお漏らしが、少女の内腿を濡らす。
ここでしゃがみ込み、思う存分に放尿してしまえばどれだけ気持ちいいだろう。誘惑に揺れる心を乙女のプライドで捻じ伏せて、魔術師の少女は必死に震える足を前に進めた。
「辛いだろうが容赦するな!! こいつらはもう、殺してやる以外に救ってやる方法はない!!」
「ぅ、ん……わかってる、よぉ……」
少女の胸のうちなど知らずに、騎士は叫び狼の一匹を串刺しにした。
戦いは、終わりそうに無い。
(初出:千夜一夜~ベリー・ショート・イマジネーション~ 156 2004/03/10)
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