保健体育の授業

 
「はーい、それじゃあ45ページを開いてね」
 先生が、いつもよりもほんの少しだけ大きな声で言う。
 愛香はぎゅっと唇を噛んで、もぞもぞお尻の位置を動かしながら机の上の教科書をめくった。
「みんな、お口は閉じてくださーい」
 注意を受けてもざわざわと静まらない教室を見回して、先生はこほんと咳払いをし、黒板に図を書き始める。
 週に一度の、保健体育の時間。
 今日は、男子と女子のからだのしくみを勉強する日なのだ。
 愛香の前に開かれた44ページと45ページには、男の子と女の子の身体の中が解るような断面図が載っている。いつもならちょっとドキドキしながらもじっくり眺めてしまう、なんだかイケナイことをしているような気分になる図面。クラスのみんなが落ちつかないのも当然のことだろう。
(……うぅぅ……)
 だが、いまの愛香には、男の子だけにしかない器官よりも、女の子だけにある赤ちゃんを作る大事な場所も目に入らなかった。
 愛香がじっと見つめていたのは、そのすぐ近く。
 足の付け根のすぐそばにある、おしっこを溜めておくための器官だった。
(ふぅうっ……くぅんっ……)
 引かれた矢印の先には、膀胱、と名前が書かれている。図の中ではぺちゃんこに潰れているちいさなピンクの袋だが、恐らく今の愛香のおなかの中ではおしっこでぱんぱんに膨れ上がっているはずだった。
(んんっ……!!)
 そっとおなかをさすると、それを証明するかのように愛香の下腹部は石のように硬く張り詰めて、じんっ、と鈍い痺れが背筋を走る。静菜は慌ててぎゅっと足を閉じ、暴れだしそうになったおなかの中のおしっこをなだめる。
 尿意の蠕動と共に、膀胱に次々と送りこまれるおしっこ。昨日の夜から休むことなく作りつづけられる恥ずかしい熱湯が、少女の小さな排泄器官を蹂躙しているのは明らかだった。
(がまんっ、がまん……っ……)
 椅子の上で小さく腰を揺すり続ける静菜には、どくん、どくんと高鳴る心臓の音が、まるでおしっこを膀胱に送りこんでいるポンプのように聞こえてしまう。
 教科書の上、おしっこの管がおちんちんを通っている男の子に比べて、女の子の膀胱は随分小さく、おしっこを溜めておける量も少なそうだ。膀胱がおしっこでいっぱいになってしまったら、ほとんど我慢できずにずぐに外に出てしまう――愛香にはそう見える。
(ふびょうどうだよぉっ……)
 男の子なら、もう我慢できないくらいにおしっこがおなかにぱんぱんでも、おちんちんをぎゅっとつまんでしまえばおしっこは出てこないはずだ。
 それなのに、女の子は押さえるところもないから、ぎゅっと股間に手を当てておしりをもじもじさせながら我慢するしかない。女の子はそんなふうに恥ずかしい格好をしなければ、おしっこを我慢できないのだ。
「……こうして赤ちゃんができるわけです。とても大切なことですから、恥ずかしがったりしてちゃいけませんよ」
 先生の話はまだ続いている。
 授業が終わるまで、あと35分――。
(初出:リレー小説:永久我慢の円舞曲 58 2005/08/13)
 

タイトルとURLをコピーしました