世界は広大である。
ところ変われば品変わり、私たちの常識ではまず思いもよらないような習慣というものが、外国にはある。
ガマーン教の教圏であるモ・ジ国、ソワ国には、二千年の昔からいまも続く断尿月という習慣がある。両国のような水の少ない砂漠地方では、水の大切さを知るために行なわれていた儀式が発展したもので、なんと一年のある季節の3週間、トイレの回数を一日に一度だけに制限されてしまうという宗教儀式なのだ。
なにしろトイレに関することなので、これはガマーン教に帰依していない人にとっても大問題となる。一日に一度、夜の11時になると30分だけトイレは解放されるが、一日中我慢をしていた人たちが一斉に詰めかけるため、たいていは大混雑になる。中には出遅れてしまい、ついにおしっこをすることができないまま次の日を迎える人もいるくらいなのだ。
以前あたしがお世話になった現地の修道院でシスターを務めるお姉さんは、そんな運の悪い日をなんと三日も続けて耐えきり、実に80時間分以上のおしっこを我慢しきったことがあるそうだ。4日ぶりのおしっこは、まるでバケツをひっくり返したみたいだったと笑いながら教えてくれた。ぞっとする一方で、なにかイケナイ秘密を聞いたようでちょっとぞくぞくしてしまったのはナイショ。
この時期、特に女の子はガマーン教圏を旅行する時は気をつけなければいけない。街中のトイレというトイレは太い綱と鎖で鍵をかけられて、何があっても入れなくなってしまう。おおらかな気質の人々が多く、異教の教えにも寛容な教義のガマーン教だが、この断尿月だけはとても厳しく守られている。昔、この地域では本当に水が貴重品だったのだ。
とはいえ、外国の人も多く訪れるようになった最近では都心のホテルは旅行者向けにいくつかトイレを解放しているが、なにしろ他にトイレのできるところがないのでそこは大抵長蛇の列だ。1時間や2時間待ちはざらなので、もし危険なことになってしまったら覚悟して望もう。
もし不用意に表を歩いていたりすると、トイレを催してもどこに行っても用を足すことができず、最悪オモラシという結果になりかねない。
前の章でも書いたように、モ・ジ国はとても衛生観念が発達している国なので、ちょっと物陰にしゃがみ込んで失礼――というわけにはいかない。トイレでない場所での排泄は即20万ガマ以上の罰金と、即時の国外退去だ。仮に未遂であってもこれに順じた措置がとられることがしばしばで、あたしの友人の中にはおろしかけた下着を無理矢理はかされて、大使館への移動中にあえなく粗相をしてしまった中学生の女の子もいる。
結局、その子はモ・ジ国を出るまでパンツを換えられなかったそうなので――そんなことにならないように気をつけて欲しい。
――霧雨澪の世界探訪
『特集・ガマーン教圏を旅する』より
(初出:旧ブログ書き下ろし 2007/02/01)
ガマーン教圏の旅
