トイレの自動販売機

 
 薄暗く汚いイメージが先行している公衆トイレ(特に女性用)が犯罪の温床、風紀の乱れの原因になっているとして、公衆トイレの廃止とそれに代わる携帯トイレの開発を打ちだして20年。
 昨今、環境問題と治安問題の解決を目的として発売された携帯トイレが世間を席巻し、めっきり公衆トイレは見かけられなくなった。
 20年前までは当たり前だったトイレ前の行列はすっかり解消され、女の子達はこっそりと物陰で、スカートの下の小さな入れ物におしっこを済ますようになったのだ。なにしろ最近は携帯トイレ使用禁止の電車や病院の中でも気にせずおしっこを済ませてしまう女の子達までいる始末。女の子達はトイレに行くことに他人の視線を気にしたり恥ずかしがったりするという苦行から解放された。
 これは素晴らしいことだ、と世の女性解放運動家の著名人は口を揃える。おしっこという、性差をはっきりさせる悪習のひとつから女の子達を解き放ったのだと、自分たちの偉大な功績を褒め称えあうことを忘れない。
 だが、決していい事ばかりではない。
 この現状に不満を抱えながら、恥ずかしさのため口を閉ざしてしまっている女の子たちが、かなりの多数に上る。
 由利もその中の一人だった。
「んっ……」
 買ったばかりの携帯トイレを手に、由利は足早に休憩スペースの物陰に走りこんだ。
 きょろきょろとあたりを警戒しつつ、そっと下着をおろしてしゃがみ込む。同時に真っ白な携帯トイレを股間にそっとあてがった。
 待ち構えていたように吹き出す恥ずかしい水流が、由利の手に握られた小さな容器に注がれてゆく。
「ふぅ……」
 政府が販売する最もスタンダードなタイプの携帯トイレ。紙コップ大の円筒形の容器に、逆流防止の蓋と、おしっこを吸収する高分子吸収素子を備えた現代科学の粋を集めて作られた、現代の生理用品の一つだ。
 コレを使うことで、女の子はこれまでのようにおしっこの出る孔を汚さずにトイレを済ませることができるようになった。
 そのサイズは、黄色のラインぎりぎり一杯まで注いで200cc。それが政府が決めた標準的な女の子のトイレ一回分のおしっこの量だ。
 だが、由利のおしっこはとてもとても足りないものだった。だから、由利はいつもいつも、おしっこを途中で止めて我慢しなければならず、全然すっきりとできないのだ。
「うぅ……どうしてこんなにちっちゃいんだろ……」
 おしっこで一杯になった携帯トイレを恨めしそうに見つめる由利。由利の膀胱はまだたっぷりとおしっこに占領されており、尿意はほとんど薄れていない。
 製品の安全基準となる法令にクレームを付けた女性団体のせいだという。彼女達は女性の排泄について一般的なものではない基準を設けるのは蔑視にあたる、と主張し、当初500ccだった紙コップの容量を半分以下に引き下げた。
 当然専門家をはじめ各所から反論が起きたが、団体は強固な姿勢を崩さす、逆に提訴までちらつかせて強引に主張を押し通したのだ。
 つまりは、由利たちほとんどの女の子は、“おんなのこはそんなにいっぱいおしっこなんてしませんよ”という見栄に付き合わされて我慢を強いられているのだった。
「はぁ……不便だなぁ」
 まだおなかの中におしっこが残っている感覚があるのに、携帯トイレの容量はもう一杯になろうとしている。由利はここ何年も、本当にすっきりできるまでおしっこを思う存分出せたことがないのだった。
 よっぽどトイレが近い女の子でない限り、一度に200ccでおしっこを済ませるのは至難の業なのだ。まったく、少女達にはたまったものではない。
(初出:旧ブログ書き下ろし 2007/02/01)
 

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