たっ、たっ、たっ、たっ、たっ……
運動靴の底がリズムを刻む。わずかに荒くなった息と、汗で湿って首筋に張りついた短めの髪。体操服の胸には和泉小学校5年4組の所属を示すゼッケンと、3位入賞の緑のリボン。
見学の父兄と、応援席のクラスメイトでごった返す校庭には、午前最後の競技である6年生の400mリレーの実況が響いている。
20点の僅差でシーソーゲームを繰り広げる運動会は、佳乃の赤組がわずかにリードして午前中を折り返そうとしていた。
「はぁ、はっ……」
口の中にたまった唾をこくんと飲み込んで、小刻みの歩幅。
渡り廊下をくぐり、職員棟から中庭を横断して。何度も足を止めては注意深く周囲を確認し、人の気配の少ないほうへ、無いほうへと急ぐ。
(ぅ、くぅ、ぅううっ……)
ぎゅっと寄せられた太腿を隠すように、体操服の前を引っ張って。
全校生徒と観覧の父兄が揃って勝負の趨勢を巡り、グラウンドに注目する中。
佳乃は、一人――並んで走る競走相手もなくプログラムにも載っていない、オシッコ我慢競走に参加していた。
佳乃がこの尿意を最初に意識したのは、開会式の後のラジオ体操でのこと。ぐっと屈伸をするたびに響く、軽く張り詰めた下腹部の鈍くむず痒い感触に、今朝トイレに行かないまま家を出てきたことに気付いたのだ。
とは言え、プログラム最初の競技は5年生全員参加の100m走。すぐさま入場門に整列し、最後から3番目の走者となった佳乃がゴールに走りこむ頃には、すぐに次の競技が待ち構えている。
5年生、学年全員参加のダンス、障害物リレー、学年対抗の借り物競走……立て続けにやってくる競技をこなすうち、佳乃の尿意はだいぶ切迫した事態に達しつつあった。普段、体育の成績ではクラスでも後ろの方から数えた方が早い佳乃が、午前中最後の競技となる400mリレーで個人8位という順位に食い込んだのは、一刻も早くトイレに行きたいと言う執念ゆえであった。
しかし、グラウンドを退場し、クラスメイトとのお喋りもそこそこに向かった昇降口で、佳乃は厳しい現実に直面する。
(う、そ……)
お昼が近いためか、昇降口から階段下の女子トイレまでの30mには、父兄や生徒たちの順番待ちの列がずらりと続いていた。
ざっと見ただけでも50人近く。普段は絶対にありえない混雑は、防犯上の理由から校舎が運動会の開催時間に限り1階の昇降口付近をのぞいて閉鎖されていたことによる。
(……あ、あんなに待たなきゃ、いけないの……?)
午前いっぱいをかけてたっぷりと増水した恥骨の上のダムは、すでに危険水位を突破し、なおも尿意が高まり続けている。股間も時折痙攣するように引きつり、限界が近いことを訴えていた。疼く下腹部は、いつ本格的なオモラシを始めてもおかしくなさそうに思えた。
その場で小さく脚踏みを繰り返しながら、佳乃は込み上げる尿意を堪え、ぎゅっと脚の付け根を握り締めぐいぐいと腰をゆする。
列の順番待ちには、まだ小さな一年生や家族に連れられた幼稚園くらいの小さな子までが整然と行儀良く並んでいた。あの中できちんと順番を待ち続けるなんて、とてもできそうにない。
(だめ……ほ、他の、おトイレっ……)
じっとしていられない下半身をごまかすように、佳乃はグラウンドを歩き回った。
しかし、場所を変えようとも、グラウンドには普段よりも遥かに多い人が溢れ、その一方で使うことのできるトイレはごくわずか。利用者に対して圧倒的に不足したトイレは、体育館横も、第2昇降口も、職員棟の来賓用も、どこもかしこにも長蛇の列を築いていた。
(あぁ……っ)
そうこうしている間にも、他の学年の生徒も午前中最後の競技を終えて次々と順番待ちの列に加わってゆくのだった。
切なく甘い悲鳴を上げる股間にぎゅっと力を篭め、当てもなくグラウンドをさまよう。
そしうてとうとう、佳乃はぐるりと校庭を回りこみ、人気の無い校舎裏にまでやってきてしまっていた。オシッコを我慢していることを悟られないよう、自然に人目の無い場所を選び続けた結果、グラウンドからも大きく離れてしまっている。
「うぅっ……」
他者の視線の無いのをいいことに、はっきりとスパッツの股間を押さえながら、よちよちと小股になって佳乃は校舎裏を歩き回る。
しかし寂れた校舎裏には大したものがあるわけもなく、入り組んだ校舎の裏階段のデッドスペースには雑草がぼうぼうに生え茂っているだけ。無論のこと、佳乃の切望するトイレなど影も形もない。
「オシッコ……っ、でちゃう……っ」
はっきりと尿意を口にして、佳乃はきゅっと身をよじる。
少女のおなかの奥にジンと熱い痺れが走る。運動靴が砂利を踏むだけのわずかな震動でもたぷたぷと熱い液体が揺れ動くようだった。
しかし、トイレは遠い。
普段なら汚くてほとんど誰も使わない体育館横のトイレすらも、今日は順番待ちの列で人が溢れ返っていた。今から引き返しても、順番が回って来るまで我慢できるだろうか、果てしなく怪しい。
「どう、しよう……が、がまん、できないかもっ……」
身体の奥から襲い来る『オモラシ』の恐怖と戦いながら、排泄孔を抑え腰を前後に揺する佳乃の視界に、校舎の奥まった場所にある茂みが映る。
ちょうど佳乃の腰の辺りまで、背の高い草が綺麗に生え揃った、いかにも『ちょうどいい』場所だった。
(くぅ……んぅっ…)
イケナイことだと分かっていながらも、いちど“そういう視点”でそこを見てしまえば、そこは佳乃が尿意から解放されるのにあまりにもぴったりな場所だった。すくなくとも他者の視線はなく、下着を脱いでしゃがみ込んだ下半身もしっかりと隠してくれる。足元の地面に広がる水たまりだってちょっと外から見たくらいでは分からないだろう。
(んんっ……)
その状況がリアルに頭の中で想像できてしまうだけに、込み上げてくる排泄の誘惑を振り払うのは困難だった。佳乃の腰の揺れは次第に大きくなり、我慢のステップも激しさを増す。
本来、用を足すにはあまりにも相応しくない屋外の茂み。しかし、今やそこは佳乃にとって待望にして唯一残されたオシッコのできる場所だ。切なく疼く股間が今にも熱い雫を吹き上げようとヒクつき、膀胱は収縮の蠕動運動を繰り返す。
そして、堪えきれない生理現象に衝き動かされるように、佳乃の足は茂みのほうへと吸い寄せられていった。
(……だ、誰もいないよね? 見られて、ないよねっ……!?)
震えるあしでさくさくと雑草を踏み、掻き分けてその中央に立った佳乃は何度も何度も慎重に周囲に視線を巡らせ、念入りに人の気配を確認する。
足元の背の高い草むらは膝上までを覆い隠していたが、いくら小柄な佳乃でもそこに隠れることは不可能だ。こんなところでしゃがみ込んでいるのを見られれば、何をしようとしているのか一発でバレバレだ。
(こ、こんなところで……おしっこ……なんてっ……)
多感な十代の少女には耐えがたい羞恥に、佳乃の顔は耳まで赤く染まっている。
5年生にもなってトイレまで我慢できずに校舎裏でオシッコを済ませたなんて、もし誰かに知られたら明日から学校に来れなくなる。
しかし、もはや選り好みをしている余裕はないのも事実だった。
(ダメ、で、でちゃう、うぅっ……!!)
断続的に股間を突き上げてくる尿意に急かされ、少女のプライドは敗北を許容した。
オシッコを塞き止めるため足踏みを続けねばならない両足から、もたつく指先に焦れつつ下半身を覆うスパッツと下着をまとめて踝まで引き下ろす。
むき出しになった股間が外の風に触れて、少女の下腹部はますます切なげに疼く。同時に深く腰をかがめると、じんっ、と腰骨に甘い解放の予兆が響いた。
「ぁうっ……」
我慢に我慢を重ねていた如意が、一気に下半身を侵食してゆく。限界を超えて我慢を続けてきた尿道口に、ぢくっと鈍い痛みが走る。
佳乃の身体はあっという間に排泄の準備を整え、小さく幼いつくりの割れ目が、しゅあっ、と小さな水音を立てて弾ける。
(ふ、あぅぅ……っ)
佳乃が安堵とともに股間の緊張を解こうとしたその時だ。
「――ちょっと!! なにやってるの!? あなたっ!!」
「えっ……!?」
静かな校舎裏に響き渡る怒声に、佳乃はほとんど反射的に立ち上がっていた。足首の上まで降りていたスパッツと下着を無理矢理引っ張りあげるまで、半秒もかからない電光石火の早業。
大慌て振り向いた先には、しかし誰の姿もない。
「――いいから!! 早く立ちなさいっ!!」
再び声が響いた場所は佳乃からちょうど死角になる、非常階段をひとつ挟んだ反対側だった。
「――ちょっと!! 聞いてるの、あなたっ!?」
(な、何……?)
続けざまにぴしゃりと叩きつけられるような怒声に、さっきまで溢れそうだったオシッコすら引っ込んでしまう。背筋を竦ませながら、佳乃は恐る恐る非常階段の影からそちらを覗きこんだ。
そこでは、腕を組んで仁王立ちになった風紀委員会顧問の風間先生が、ジャージの上だけを着た小さな女の子を見下ろしてじっと睨み付けているところだった。
ジャージの隙間から覗く女の子の体操服には、2-1と書かれたゼッケンがある。おでこに結ばれた赤いハチマキを見るまでもなく、佳乃と同じ赤組の下級生だった。
「ちょっと、いったいあなた、こんなところでなにをしようとしていたの!?」
風間先生は6年生の担任で、規則に厳しく、ちょっとしたことでも見逃さずにお説教をすることで有名だった。響き渡るキンキンとした声にすっかり怯えてしまった女の子は、小さくなって俯くばかりだ。
「答えなさい!! 何をしようとしてたの!?」
「あ…その……っ」
だが、女の子がうまく答えられない理由は他にあった。女の子のむきだしの両足はくねくねと折り曲げられ、膝がせわしなくきゅきゅっとくっつき合わされている。
その様子を見て佳乃も気付いた。
(あの子も、わたしと一緒なんだ……)
どうやら、彼女も大混雑のトイレを使うことができず、佳乃と同じように校舎裏で済ませてしまおうと考えたらしかった。そこを通りがかった風間先生がそれを見つけたのだ。
オシッコを我慢しているためにまっすぐ立てない女の子にイライラと足を踏み鳴らし、風間先生は大きな声を上げる。
「しゃんと立ちなさい!! そんな格好、恥ずかしいでしょっ!!!」
「ひぅっ……」
いくら怒鳴られても、無理なものは無理だ。けれど風間先生はそんなことをまるで配慮せず、小さな女の子を怒鳴りつける。
「………、……っこ、……です……」
「声が小さいわよ。ちゃんと先生に聞こえるようにお返事しなさい!!」
「っ……ぉ、……お、しっこ……です」
「おしっこ!? こんなところでおトイレしようとしたのね?!」
「ひぅ……」
はっきりと自分の尿意を露にされて、女の子はぎゅっと背中を震わせる。
それはあまりにも残酷な仕打ちだった。
たとえ2年生だって、女の子にとって『トイレにいく』ということはとても恥ずかしいことで、それをはっきり言われるだけでも死んでしまいたくなるくらいなのに。まるでそれを悪いことのように騒ぎ立てる風間先生が、佳乃には信じられなかった。
「あなた、もう2年生でしょう!? 幼稚園じゃないのよ!? こんなところでオシッコしちゃいけないことくらい分かるでしょう!!」
次々と辛辣な言葉をぶつけられ、女の子はいまにも泣き出してしまう寸前になっている。小さな両膝がせわしなく擦り合わされ、左右の運動靴の爪先が地面をぐりぐりといじり、スパッツは両手でぎゅうぎゅうと引っ張り上げられている。とてもではないが返事をするどころではないのがはっきりと見て取れた。
「なにしてるの!! おんなのこなのに、はしたないっ!! ちゃんとお手洗いまでガマンしなさいっ!!」
「ご、ごめん、なさいっ……」
必死に我慢しようとする女の子の仕草に、一度は忘れていたオシッコが再び佳乃のおなかの中で激しく暴れ始める。
解放寸前のところで塞き止められたためか、尿意はさっきよりもさらに強く激しい。なにしろオシッコの準備は完全に終わっていたのだ。脚の付け根、オシッコの出る孔のすぐ上が、ぐつぐつと熱く煮え滾っているかのようだった。
佳乃はずり落ちかけたスパッツと下着を慌てて引っ張り上げ、その場でオシッコを我慢するための足踏みをはじめてしまう。
(はぅっ……くぅ、ぅうっ……)
「2年生にもなって、おトイレのしつけもできてないのね……最近の子はっ!!」
風間先生の声が響く。
2年生どころか、佳乃はあの子よりも3歳もお姉さんなのに、我慢できずに草むらでオシッコをしてしまうところだった。沸騰するような尿意と、自分が叱られているような惨めな気分に、佳乃はその場を動けなくなってしまっていた。
(ぉ、おトイレ……はやくっ……)
一刻も早く、オシッコを済ませなければならなかった。こんな校舎裏の茂みではなく、ちゃんとしたおトイレで。
……そんな佳乃の願いも虚しく、事態はさらに最悪なほうに転がってゆく。
不意に顔をあげた風間先生と、佳乃の視線が合ってしまったのだ。
慌てて隠れようとした佳乃だが、もう遅い。風間先生は女の子の手をつかむと、「だめぇっ」という必死の抗議も聞かずに佳乃のもとまで無理矢理ひきずってくる。
「……あなた、どうしてこんなところに……まぁいいわ。この子、トイレまで連れてってあげてちょうだい」
「え、あの、でも……」
トイレは今大混雑の大入り満員、長蛇の列。並ぶだけでも何十分かかるのかわからない。そんな事は風間先生だって十分に分かっているはずなのに。風間先生はまるで佳乃が悪いことをしたかのように眉を大きく吊り上げた。
「なあに、あなた上級生でしょ!? おねえさんなんでしょ!? 嫌がるんじゃありませんっ!! 上級生は下級生のお手本になって、ちゃんと面倒を見てあげなちゃダメじゃないのっ!!」
言外に篭められた、トイレ以外でのオシッコを許さないという強い強制。
その迫力に、気弱な佳乃が抗うことができようはずもなく――
「は……はい…」
今にも漏れてしまいそうな我慢の限界の下腹部を抱えたまま、佳乃はそうやって頷くしかできなかった。
「いいわね、早くしなさいよ!?」
頭から湯気を立てているかのように怒りながら去ってゆく風間先生を見送り、佳乃はたまらずぎゅっとスパッツの股間に手を添える。
お説教の間は禁じられていた我慢がようやく許されたのだ。
「う…はぁぅ…っ」
人目を気にせずぎゅっと足を交差させて、どうにかおなかをなだめてゆく。ほんのわずかだけ楽になった膀胱に、佳乃はしゃがみ込んでしまっている女の子のほうを振り向いた。
「あ、歩ける?」
「っ……」
女の子はほんのちいさく、わずかに首を横に振った。
しかし、だからと言ってここで立っているわけにもいかないのだ。
「行こ……先生に、怒られちゃうよ」
「おねえちゃん……っ」
「だ、だいじょうぶ。……トイレまで、すぐだから。……我慢できるよっ……」
それはほとんど佳乃自身に向けられた言葉でもあった。女の子を励まして立たせ、佳乃は校舎裏を回りこむ方に歩きだした。
「お、おねえちゃんっ、……だめ、もっとゆっくりっ!! ……で、でちゃうっ」
「う、うん……」
身体の小さいせいか、佳乃よりもさらに余裕のない女の子の歩みはじれったくなるほど遅く、ほとんど立ち止まっているのと同じような状況だ。
一歩ごとにびくん、と背中を反らして、くねくねと足を曲げる。
「あっ、……っ……うぅっ」
既に女の子のスパッツには、前から見てもはっきり分かるくらいの大きな染みができてしまっていた。何度もおチビリを繰り返しながら、それでも最後の一線だけは健気に守ろうとしている。
そんな女の子を見ながら、佳乃は想像してしまわずにはいられない。
(い、一緒に並んで……何分くらいかかるのかな……あんなに、混んでるのに…っ)
込み上げてくる尿意の波を、スパッツをぐいっと引っ張り上げてごまかし、荒くなった息を押さえこむ。
(や、やっぱり、この子に、先に譲ってあげなきゃダメだよね……が、ガマンしなきゃ……)
今すぐこの小さな手を振り払って、校舎裏にUターンしたいという本心をぐっと飲み込んで、佳乃はようやく校舎を半分回りこみ、給食場のほうまでやってきた。
しかし、一番近い第1昇降口前のトイレまであと半分、というその場所で、とうとう女の子は足を止めてしゃがみ込んでしまう。
「だっ、だめ、っ、おねえちゃんっ……!!」
掠れた涙声で、女の子は佳乃の手をきつく握り締める。
「もうだめっ!! でるっ、おしっこ、…っ、でるぅ!!」
とうとう我慢の限界がやってきてしまったのだ。そう言う間にも、女の子のスパッツはおしりの方までみるみる色を変え、地面にはぽたぽた、ちょろろっ、と染みが広がってゆく。
「ま、待ってっ!!」
ぎゅっと目を閉じ、脚を震わせて、今まさに『オモラシ』をはじめてしまいそうになった女の子に、佳乃は慌てた。
ほとんど反射的に小さな女の子を抱えて、すぐ近くに生えている松の木のそばに駆け寄る。同時に女の子の股間ではオシッコが激しく吹き出し、地面にばちゃばちゃばちゃっと飛び散った。
「ぁあああぅぅっ……!!」
女の子が松の木の根元にしがみ付くように倒れこむと、すぐに激しいオシッコが始まった。スパッツをびしゃびしゃに浸した女の子のオシッコが、揺すられる腰に合わせて地面に撒き散らされてゆく。
目の前で繰り広げられる盛大なオモラシから、佳乃は慌てて目を反らす。女の子のことを思いやったのではなく、つられてオモラシを始めてしまいそうだったからだ。
壊れた蛇口のようにいつまでも止まらないかと思われた女の子のオモラシだったが、およそ1分近くもかかってやっとスパッツから吹き出す水流が細くなり、やがてぽた、ぽた、と雫に変わる。
「っく…ひっく……お、おねえ、ちゃんっ……」
どう言い訳してもごまかせない、完璧なオモラシ。
我慢しきれなかったオシッコで股間をびちゃびちゃに汚してしまった少女は、縋り付くような視線をを佳乃に向ける。
「あたし、オシッコ……おしっこ、しちゃったぁ…っ」
「っ……」
佳乃はあわててジャージの上着のポケットからティッシュを引っ張りだして渡した。
「これ……つかって」
「……ぅん……おねえちゃん……ごめんなさい……」
「う、うん……でも、しかたないよ……我慢、できなかったんだよね」
「っ……」
大失敗してしまったことに涙ぐみ、ぐす、と小さく鼻を鳴らして、それでも女の子はのろのろと後始末を始める。オモラシのショックも大きいだろうが、お尻が濡れたままでは気持ち悪いのだろう。股間を覆っていた濡れたスパッツをずり下げる。
女の子の股間は、まだ少しずつオシッコを漏らし続けているようだった。向きだしのあそこからぽたぽたと止まらない雫をさらに地面に振り撒いて、女の子はちいさくしゃくりあげる。
(っ……だめ、我慢、がまんっ……)
今なお、おなかの中にオシッコを溜めたまま我慢を続ける佳乃にとっては、女の子の姿はまるで自分の事のようだ。哀れな下級生を見捨てることもできず、せわしなくスパッツの股間を握り締めながらそこに立ち尽くしていた。
ぐちゃぐちゃに濡れたスパッツと下着はすこし拭いたくらいで渇くはずもないが、それでも女の子はティッシュで股の部分を拭い続けた。
「保健室までいけば、着替えあると思うから……」
「うん……」
励まそうとする佳乃の前で、女の子は湿ったスパッツの股布の部分を気にするようにひっぱりながら、ひょこひょこと立ちあがった。
そして、佳乃が予想もしていなかったことを言ってくる。
「でも、いいよ。おねえちゃんも、おしっこでしょ? ……あたしなら、ひとりで行けるから」
「そ、そんなことっ……!!」
気付かれていない……などと思っていたのは佳乃だけだった。内股で俯き加減な佳乃の様子は、誰が見てもはっきりと分かるほどにオシッコを我慢しているのが明らかだった。
自分よりずっと小さな女の子にオシッコの心配をされてしまう恥ずかしさに、とっさに首を振るも、今なおもじもじダンスがおさまらないままでは説得力もない。俯き、唇を噛んだ。
「へいき。前にも……おもらししちゃったこと、あるもん。だから、おねえちゃん……トイレ行って、いいよ」
「……そ、そんなっ」
大変なのは女の子も同じなのに、放っておけるわけがない。
けれど、佳乃の頭の冷静な部分は、保健室まで往復している間、自分の我慢が持たないことを告げている。
「じゃあね、おねえちゃんっ」
「……あ」
出すものを出してしまったからだろうか。さっきよりもしっかりした足取りで、少女は心配する佳乃にちいさく笑顔を見せて走り去ってゆく。
「う・……」
小さな背中を見送って、一人、あとに残された佳乃は、茂みの奥にくっきりのこされた少女のオシッコ跡を見てぶるっと背筋を震わせる。
(……ここで、オシッコ……)
少女の残したオシッコの残り香が、まるでトイレの個室に入ったかのような誘引作用をもってして尿意を加速させる。本来、排泄とは無縁の街路樹の根元を、佳乃の頭は『オシッコをする場所』と定められた区画と認識してしまっている。
確かに野外での排泄には激しい抵抗があるものの、一度は校舎裏で済ませてしまおうと思ったのだ。そして一度下級生によってマーキングされた先例があれば、1回も2回もかわらないように思えてくる。
(……気付かれ……ないよね。一緒にしちゃおう……もう、我慢できそうにないし……)
そっとスパッツのゴムに指をかけた佳乃だが、いざしゃがみこもうとしたところではたと大事なことに気付いて動きを止める。
「あ、紙……!!」
少女に手渡したままのポケットティッシュに思い至り、佳乃はぎゅっと前を押さえ、オシッコを一時中断して周囲を見まわした。
すると、中身のからになったティッシュの袋が、茂みのすみに落っこちている。
慌てて中身を確認するも、そこにはもうほとんどティッシュは残っていなかった。まだ半分以上あった中身は、どうやらあらかたびちゃびちゃに汚れた少女の股間を拭い清めるのに使われてしまったらしい。
「……これしかないや……」
わずかに残った一枚を握り、佳乃は溜息をつく。
女の子のオシッコは、男の子の場合とは根本的に違う。出したらぶんぶんと振って雫をきっておしまい、というわけにはいかないのだ。オシッコのあとを綺麗にするティッシュは、排泄のための最低必須条件になる。たったこれだけでは十分に後始末もできない。
それでもないよりはずっとマシだ。佳乃は袋に手を伸ばそうと腰をかがめ――
「ちょっと!! どういうことなの、これは!?」
「え、あ……」
鋭い怒声に、弾かれるように振り仰ぐ。
いつのまに近付いていたのだろう。そこには腕組みをして仁王立ちになった風紀の風間先生がいた。予想外のことに混乱する佳乃に、風間先生は大きな声で叫ぶ。
「あなた!! あの子はどうしたの!? ちゃんとお手洗いまで連れていったの!? なんでこんなところでまだぐずぐずして――」
言いかけた言葉が止まり、風間先生の眉がぐいっと吊りあがる。
先生の視線の先には、女の子が出したオシッコの跡と、丸まったティッシュがあった。佳乃は反射的に、手の中のポケットティッシュを握り締めてしまう。
「ちょっと!? あなた、こんなところでオシッコなんてしたの!?」
「ち、ちが…っ」
「ねえ!? ここがどこだか分かってるの!? 創立記念の記念植樹よ!? 学校で一番大切な木なのよ!? ねえっ!?」
佳乃の言葉を掻き消して、怒鳴り声が校舎に反響する。風間先生はすっかり頭に血を昇らせ、松の木に括られた白いプレートを指差して、ヒステリックに叫んだ。
「ああもう、ちゃんとお手洗いがあるじゃないの!! どうしてそこまできちんと我慢できないの!? あなたもう5年生でしょうっ!?」
「あ、あの、違い、ます、これ、わたしじゃ……」
「ウソつかないの!! 先生はちゃんと見てたんですからね!? あなたがそこの茂みに入ってしゃがんでるのを!! 幼稚園の子じゃないでしょ!? きちんとお手洗いのしつけもできてないなんて、恥ずかしいと思わないの!!」
「ち、違い、ますっ……!! 聞いて、聞いてくださいっ」
「なにが違うの!! あなた、担任の先生は!? 名前はなんていうの!? ご両親と先生にお話ししなきゃならないわ。……5年生にもなってお外でオシッコなんて、信じられないもの!! お医者様に診てもらいなさい!!」
あまりに無慈悲な、一方的な潔癖感だけを押しつける言葉の暴力。
オシッコ、という当たり前の排泄行為をことさらに貶め蔑む風間先生の癇癪に、佳乃の繊細な心は無残なまでにずたずたに切り裂かれてゆく。
「どうしたんですか、落ち付きのないっ!! せんせいがお話をしてるんです、じっとして聞きなさい!!」
「ち、ちが、わたし、わたしッ……」
無理矢理きをつけを強制されたせいで、込み上げてくる尿意をあからさまに堪えることも許されない。もう両手の力を借りていないとオシッコを我慢することもできないのに。
いくら言っても落ちつきを見せず、くねくねと腰を揺すり続ける佳乃を、先生は鋭く叱咤する。
「なんです、さっきから……そんなに先生のお話が嫌なんですか!? でしたらいいわ、罰を追加します。そこをお掃除なさい。徹底的に綺麗にするのよ」
呆然と、佳乃は風間先生の指差す先、自分の足元を見下ろした。
風間先生は、女の子のしてしまったオシッコのあとかたづけをしろ、と言っているのだった。
「それは校長先生と理事長先生が、創立の記念に植えてくださった大切な木なんですからね。汚いオシッコなんかで汚してしまってごめんなさい、って謝りなさい!! ……ほら、どうしたの!? あなた、先生のお声が聞こえないの!? お返事なさい!!」
「っ、う」
(ちがうの、ちがうのっ……わたし、まだ、オシッコして、ないっ……)
必死の訴えももう声にならない。
佳乃が、オシッコで校庭を汚してしまうのはこれからだった。
いままさに、佳乃の股間では押さえきれない尿意が爆発し、緩んだ水門の隙間からオシッコがしゅるしゅると漏れ始めている。
じゅじゅっ、と散った雫が地面に散り、ぎゅっと握られた指の間で色を変えたスパッツから、熱い雫が滲み出して、股間を覆う両手の器を溢れて少女の脚を伝う。
ひとすじ、ふたすじ、堰を切ったように溢れだす黄色い放水が、ぱちゃぱちゃと音を立て始めた。
「ああ、ちょっと!? なに!? まだ漏らす気!? まだそんなに出し足らないのっ!? あんなにいっぱい出しておいて!! ……どれだけだらしないのよ、あなたのオシッコは!?」
「ぅ……ふぇ…っ、ち、違う、ちがうの……これ、違うのぉっ」
「何が違うんですっ!! 全部あなたのオシッコじゃないの!! はやく止めなさい!! 恥ずかしいわねっ!!」
「そんな、やだっ……止まんない……っ、したいの、オシッコ、……先生、オシッコさせてぇ……っ」
「――いい加減になさいッッ!! こんなところでなに言ってるの!? あなた、それでも5年生なの!? 女の子でしょう!? みっともないと思わないのッ!? ああもう、幼稚園からやりなおしてきたらどうッ!?」
この後に及んで、トイレを禁じようとする先生に、佳乃はべそをかきながら必死に許しを請おうとする。
くねくねと脚を擦り合わせるが、そんなものでもうダムの放水が止まるわけがない。小さな手のひらに受け止めきれないオシッコが、壊れた水道のように流れ落ち、ソックスを濡らし運動靴をびちゃびちゃに浸してゆく。
「ぁあ、あああっ、ぅぁあああ……」
あまりに理不尽な言葉の暴力を浴びながら、
いつまでも、いつまでも。佳乃は涙といっしょに、大量のオシッコを漏らし続けるのだった。
(初出:移転記念の書き下ろし 2007/10/15)
運動会のお話。
