おもらし百選スレの小説の一節、「わたしの分までおしっこしてきて?」と、永久我慢の輪舞曲スレに出てきた「おなかの中におしっこする」というシチュエーションに酷く感銘を受けて書いたもの。我慢特化。
美沙の様子がどうにもおかしい、と思ったのは午後4時も回った頃のことだった。
その日も放課後に文化祭の実行委員で残っていた私は、頭のすみにひっかかっていた違和感をさりげなく口にした。
「ね、ねえ……まさか、本当にそうなの?」
「あはは……ばれちゃった?」
クラスメイトと括るには少々親しく、親友と呼ぶのはちょいと気恥ずかしい彼女とは、前の学校から同じクラスと言う縁で親しくなった。
部活には入っていないが運動神経はよく、いつも快活で、勉強はそこそこ、程良い人気者。特徴は軽めの色を入れたショートカットと、男の子みたいなふうを気取った一人称。人を間違えれば痛々しいだけのそれも、彼女には不思議と似合う。
可もなく不可もなく、どこにでもいるごくごく普通の女の子――それが今日までの私の彼女に対する印象だった。
「気付かれてないと思ってたんだけどなぁ……千里って結構鋭いねえ」
照れ笑いをするその仕草も、この数年で見慣れたもの。
けれど、たった今聞きだした事実の前では、そんなものは軽く吹き飛んでしまう。
「帰るまでガマンできると思ってたんだけど……ボクもまだまだだねぇ」
せわしなくスカートの下で行き来する膝をぎゅっとくっつけながら、美沙は今日でもう3日近くも、トイレに行っていないのだという事実を告白したのだった。
「ホントに、3日も……?」
「そ、そんなに驚かないでよう、もうっ。それに実際はまだ3日目ってだけで、時間的には2日半くらいだってばっ」
「そんなの変わんないわよっ!!」
3日といっても、女の子にとって、その……大きいほうのお通じが不規則なのはありがちなこと。それくらいの期間トイレのお呼ばれがないというくらないなら、聞き流してしまってもそれほど支障はないだろう。
問題なのは、美沙がガマンしているのがそっちではなくもうひとつ――いわゆる小さいほう、おしっこである、ということだった。
「ね、ねえ、嘘だよね? 冗談……だよね?」
にわかには信じられないことだった。どうにも気になって聞いてはみたものの、気分的にはまさかという思いが半分だったのだ。それなのに美沙は本当に、3日前の朝からトイレに行っていないのだと繰り返す。
「うん、本当……ちょっと昨日の夜ジュース飲み過ぎちゃってさ……ほら、お昼の時からもうおなかぱんぱんで……座ってるのきつかったんだ」
一度認めたことで楽になったのか、美佐はもうもじもじと動く膝を止めようとはしなかった。衝撃の告白にすっかり参ってしまった私は、スカートの下でせわしなく動く美沙の脚から目が離せない。
「飲みすぎたって……美沙、今日だってあんなに喉渇いたって……」
「体育の時は平気だったから。ほら、1時間目だし。起きてすぐはちょっと楽なんだよ」
「楽って……」
ぞっとする。朝の登校前どころか夜寝る前にもトイレを済まさずに、そのまま眠って起きて学校に来る――その上あんなにお茶まで飲んで。普段でも2時間に一回はトイレに行っている私には想像すら不可能な、超人とも呼ぶべきガマンだった。
「2日目くらいから結構楽になるんだよ。ほら、だんだん慣れてくるって言うか……わかんないかな?」
「わ、わかるわけないじゃないのっ!!」
そんな、生理みたいな呼び方されても困る。だって……トイレ、オシッコだ。どれだけトイレが遠い子だって、せいぜいが学校で一回、済まさずにいられるかどうかだ。私なら半日だって気が狂いそうになってしまう。それを、何日って単位で続けるなんて。
あまりの事に眩暈までしてきた。
3日ということは、24の3倍で72時間。つまり24時間営業のコンビニでも3分の1しか及ばない。まあでも実際は約2.5日で、60時間……ということは、ええと……どういうこと?
わけのわからない方向で混乱に陥る私に、美沙はあはは、と照れながら椅子の上でモジモジを続ける。
「そ、そんなにガマンして平気なのっ!? 病気とか、なっちゃうんじゃ……」
「うーん……どうかな、こんなにガマンしたのはじめてだし……わからないけど」
辛そうに腰をよじりながら、それでも美沙はまだまだ余裕を見せる振りをしている。
「今まで一番ガマンしてたの、1日半くらいだし……あは、新記録」
「……美沙、あんたって……」
呆れてものが言えなかった。
嬉しそうに3日目だと告げる彼女が、あまりにも嬉しそうだったから。
一体そんなことをして何の意味があるんだろう。そりゃ確かに、私みたいにトイレが近い身としてはそれだけガマンし続けられることに対してちょっと羨ましい気持ちがないでもない。トイレに悩まされずに生活できるというのはなかなかに魅力的なことだろう。
それにしても、一日半なんていうのは論外、無茶苦茶だ。まして3日なんて、タチの悪い冗談としか思えない。実際、私はいまだ美沙の告白には半信半疑……どころか三信七疑くらいの状況だ。
「じゃあ、もうホントに一昨日の朝からトイレ行ってないわけ?」
念を押すように、はっきりと『嘘つかないでよね?』と視線で問いかけながら、確認する。すると美沙は、
「……あは、まさか。そんなわけないよ、千里ってば」
「え?」
以外にあっさり前言を翻した彼女に、肩透かしを喰らった気分だった。
どういうことだろう? やっぱり嘘ってコトだろうか。でも美沙は今もひっきりなしに腰を揺すって辛そうにしている。演技とは思えない。
「だってほら、皆に気付かれちゃうとヘンな目でみられちゃうみたいだしさ、今日はちゃんと行ってるよ? トイレ。……しっかりパンツも脱いで座ってるし。おしっこ、してないだけで」
「……ねえ、アンタ実はすっごい馬鹿なんじゃないの?」
私はかなり本気でこのお馬鹿な友人の頭の中を開けて覗いてみたい衝動に駆られていた。私が昨日一昨日と小テストを前に必死になって勉強している間、美沙はこんな事ばっかり考えていたというのか。それどころかそんな状態のままテストで私よりもいい点とりやがったのか。
「ま、まあちょっとそのこと忘れてて、昨日までトイレに行くの忘れちゃってたけどさ……そうだよね、ちゃんと最初の日からそうしてれば、今日も気付かれなかったのにね」
「のにね、じゃないってのあんたは……ええい同意を求めるなっ」
やっぱり。
どうやら本当、正真正銘に、美沙はガマンを続けているらしい。だってこんなことに嘘をつく必要がない。トイレに行かないなんて気取ってみたって、ガマンしていることを知らせてるんだから意味がないし。
「………・…」
「どしたの?」
私の視線にも、きょとんとしたままの美沙。確かにガマンの状況はだいぶ辛そうな部類に入る。もう他人の目を気にせずにガマンし続けられないレベルのようだ。ひっきりなしにお尻を――いや、股間を椅子の天板に擦りつけ、背中を心なし丸めておなかの負担を軽減しているように見える。
ここまで限界の尿意を抱えたまま、個室に入って便座に腰掛けて、それでもなおおしっこをせずに済ませる自信は、とてもじゃないけれどない。
たとえ私が美沙と同じくらいガマンできたとしても、そんな状況になってまでガマンし続ける事は絶対にできない気がした。
「そ、それにさ?」
「まだなんかあるの?」
「おしっこ、『ガマン』してるのは……今日の朝からだから。今朝くらいまではまだトイレ行かなくても大丈夫なくらいだったし」
「…………訂正。あんた本当に馬鹿でしょ」
「ひ、酷いようっ!? なんで千里そんな酷いこと言うのっ!?」
「ええい自分の胸に聞いてみろっ!!」
「ひんっ!?」
思いっきり怒鳴り返して、私は椅子に背中を預けた。
ありえない。ありえない――けれど、間違いない。
ちらり、と美沙の様子を窺う。制服のスカートは、いつもと同じ位置。決して目立つような状況じゃない。あの小さなおなかに、本当にまる二日分以上ものおしっこが溜め込まれてるんだろうか。……想像すら難しい状況に、私の頭は完全にパニックになってきていた。
頭を冷やす必要がある。
「とにかく――なんか変な話してたらしたくなってきちゃった。……ちょっと休憩」
「うん、そうだね……」
席を立った私は、そう言ったきりじっと椅子に腰掛けたままの美沙を見下ろす。
「え? ……ねえ、美沙、どうしたの?」
「どうしたの、って、なにが?」
「何じゃないでしょ。行くんでしょ? 一緒に」
「行くって、どこ?」
「トイレに決まってるじゃない!!」
だって3日だ。どれだけガマンしてるって言うのか。遠慮のないようにと席を立った私に対し、思うように反応が返してくれない美沙に、思わず苛立って怒鳴ってしまう。しかし当の美沙はあっけらかんととんでもないことを言った。
「いいよ」
「いいよって、いいわけないでしょ!?」
「だいじょうぶだよ。せっかくここまでできたんだから、ちゃん“と3日間”我慢してみる」
「な……!!」
絶句していた。
「付き合ってあげたいんだけどさ、今トイレ行っちゃうと……ボク、多分、もうガマンできなくなっちゃうから。千里一人で行ってきて?」
「ちょっと、美沙……やめなよ、身体に悪いって、絶対。そんなの……」
「だいじょうぶ。それにほら、千里もけっこうガマンしてるでしょ?」
なにを、言っているのだろう。
2日半もおしっこをガマンしていながら。
美沙は、まだトイレに行かないのだと、言う。
「ボクの分もすっきりしてきて?」
そう言って笑う彼女に、私はなぜか――不思議な胸の高鳴りを覚えていたのだった。
「ふぅ……」
後始末を終えたトイレットペーパーを便座の中に落とし、一息。
私もまた自分で思っていたよりもガマンしていたようで、我ながらおしっこはかなりの勢いだった、と思う。
(――美沙、本気なのかな)
自分の用を足している間にも、頭の中を占めるのは今なおガマンを続ける美沙のおなかの中のことばかり。そのせいかちゃんと出したはずなのに、あまりすっきりした気分にもなれない。
だって、ずっとずっと美沙の方がトイレに行きたいはずなのに、私のほうだけが先におしっこを済ませてしまうなんて、なんだか順番を抜かしたようで気分が悪い。
「…………」
思わず、わずかに色の付いて染まった便器の中をまじまじと覗き込んでしまう。
もともと溜まっていた水の中に注がれて、全然はっきりとはわからないけど――多分、いま私がしたのは、たぶん500mlペットボトルの半分くらいにも満たない量。
でも、トイレの近い私にしてみれば、尿意はもうかなりのものだった。ちょっとはしたないくらいに勢いも良かったし、音消ししなければ飛沫も飛んでしまっただろう。
でも、だとすれば――あれだけ見境なく水分を取って、しかももう3日もトイレに行っていない――美沙はいったいどれくらいすごいおしっこをするんだろう。
「…………っ」
(……ば、馬鹿、何考えてるのよ、私ってばっ!!)
友人のおしっこの様子、なんていうとんでもない想像をしてしまっていた事に気付き、私はぶんぶんと頭を振って個室を出た。流れる水音を聞いても、なんだかおなかの奥がじんじんと熱くてすっきりした感じがしない。
洗面台の前で鏡を覗きこむと、ちょっと頬の赤くなった自分の顔が映っていて、私はたまらず顔を洗ってそれをごまかした。
熱くなった頭を冷やそうと、購買の自販機に寄ってペットボトルの清涼飲料を買うことにする。学生向けゆえには安いのはありがたいものの、運動部の要望が強いせいか500mlの商品が多くて、私なんかはいつも飲みきれず残りを処分するのに苦労するのだが――いまは贅沢を言っている場合ではない。一刻も早くこの沸騰しかけた頭を落ちつかせるのが先決だった。
封を切ったペットボトルに口を付け、ひとくち、ふたくち。
……そうしている間にも、思考は水分の摂取=おしっこの増量、という方向に向いてゆく。もはや私はすっかり美沙の告白の虜だった。
(美沙、どれだけ……ガマンしてるんだろ?)
そのことに思い至り、私は思わずごく、と口の中身を思いっきり飲み込んでしまった。
おしっこ、トイレなんて毎日する普通のことのはずなのに、それがなんだかとてもイケナイ事のような気がして、私は頬がさらに熱くなるのを感じた。
単純に計算してみれば、私が一日にトイレを使う回数の3倍近くだけ、美沙はおしっこをガマンし続けていることになる。私の平均が、少なめに見て一回100mlとすれば、だいたい100ml×10回×2.5日……以上。
つまり、およそ2リットル半。
(うわ……)
導き出された結論に頭が熱くなった。
2リットルって、簡単に言うけどつまりはコンビニとかスーパーで売ってる一番大きな烏龍茶とかのペットボトルと同じだ。重さにすれば2キロ。
コップに移せば、楽に10杯以上。そんなの一人で飲むのだって大変な量なのに。それをあの小さなおなかの中に収めてしまっているってことになる。
ちゃぽん、と中身を揺らし手に掛かるペットボトル重さが、ダイレクトに脚の間に響くようだった。むずむずし始める下着の奥にイケナイ感触が滲み出す。さっき済ませたばかりなのに、またトイレにいきたくなってしまった。
(これより、多く……美沙のおなかの中に、溜まってるわけね……)
考えまいとすればするほど、その想像は頭の中から離れない。
美沙の腰の上、ふっくらとしたおなかの中にぱんぱんに詰まった黄色い液体。一歩ごとにたぷんとゆれるその水面が、まるではっきりと見えるみたいに頭のなかに浮かんでしまう。
「んっ……」
思わず声が出てしまい、慌てて回りを見まわす。幸いなことに、人影はなかった。
他の女の子のおしっこのことを考え続けるなんて、……どんだけヘンタイなんだろうか、私。でも、あまりにイケナイことに対する誘惑みたいなものからは逃れられない。ちょうど、初めてえっちなことに興味をもったときと同じように。
「う……」
じくん、と腰に響く甘い痺れに、私はもう一度トイレに引き返す羽目になった。
「お帰りー」
「た、ただいま……」
随分経ったような気がしていたけれど、実際には10分くらいのことだったようだ。美沙は変わらず席に座ったまま、委員の仕事を続けていた。
さっきよりは楽になったのか、腰を震わせる頻度はいくらかおちついている。
それでもぎゅっとおしりの下に巻き込まれたスカートは、大きく皺を寄せて、美沙のガマンが今もなお継続中であることをはっきり物語っていた。
「あ、それ買ってきたんだ。ボクの分は?」
「え? あ、ええと……買って、来なかったけど……」
「なんだー、せっかく購買まで行ったんなら買ってきてよう」
「ご、ごめん……ってまだ飲む気なの?!」
「喉渇いたんだもん」
いったいこの子は何を言ってるんだろう。だって、今にも辛そうなくらいトイレをガマンしてるのに、この上さらに膀胱を膨らませるようなことをするつもりなのだろうか。
ありえない。
ありえない、けれど。
美沙はずっとそうしていた。昨日も、今日も、一昨日も。
「あの、さ……その、ヘンなこと、聞くけど」
さりげなく聞こう、と思っていたことが、知らず口に出てしまう。
「なに?」
「その、したくなったら……どうするの?」
「ガマンするんだよ」
「そんなのは見りゃわかるわよっ!! そ、そうじゃなくて、もうガマンできないくらい辛くなったりして……ああもう、ほら、分かるでしょ!? 波みたいになるじゃない!! ち、ちびっちゃったりとか、ないのって聞いてるのよ!!」
「ああ……えっとね、慣れてくると分かると思うんだけどさ……」
美沙の語ったところによれば。
彼女のように、たっぷりと訓練されていると、そのうちに込み上げてくる猛烈な尿意を『飲み込む』ことができるようになるのだと言う。ちょうど気分の悪い時に、吐きたくなるのを無理矢理こらえるみたいな感じで。
「そ、そんなこと……本当に?」
「うん。……あそこをね、こう、ぐぅって力、入れて……ごくって感じで」
「ごく、って……」
どんな状況なのだろう。まるで想像がつかない。
「あ、ほら、いまちょうどそんなカンジだよ」
「わ、分からないってばっ!! いきなりおしっこの実況なんてしないでよねっ!?」
だいたい、その、女の子の『そこ』は――まあ女の子に限らないけど――とにかく『そこ』は、もともと排泄器官なんて言うくらいで、おしっこを出すことが役目なのだ。身体に不要になった成分を、水と一緒に血液から漉し取って、外に排出する……そんな機能を持っている部分なのだ。
確かにおしっこをガマンすることはできても、それは……まあ、垂れ流しになってしまわないようにするための付随的な機能で、断じてそれが主目的でじゃないはずだ。
でも、多分。
美沙の膀胱と、『そこ』は――長い訓練の末に、いまやおしっこを『出す』ことよりもむしろ『ガマンするため』の器官になりつつあるのかもしれない。だから、そんなふうに常識外れのガマンだって可能なんじゃないだろうか。
(うぅ……なによ、このヘンな気分はっ……!!)
ぐるぐると渦巻く思考を追い払おうとしてはみたものの、目の前にその原因が座っていれば上手くいくわけもない。
「ねえ千里、触ってみる?」
「えぇえ!?」
席に付いてからもまるっきり上の空で、ほとんど作業なんて手についていなかった私は、不意にそんなことを言われてずっこけるくらいに仰け反った。
「さ、さわ、触って、って……なによそれ!? そ、そんなのダメよ!? だってほら、その――だって、そんなの……ぁあう……ええと、なんだっけ!?」
「あはは。へいきだよ。千里もすっごく気になってるみたいだし。いいよ?」
「って……」
動揺する私をよそに、美沙は制服の上着を半脱ぎにして、薄いブラウスのおなかをぐっと前に突き出させた。
女同士だというのになんだかちょっとヘンな気分になりそうな、細くてすらっとした腰のカタチ。とてもじゃないけど……その、2日半もオシッコをしてないなんて想像がつかない。
「えっと、あんまりぎゅっとされちゃうと辛いから、そっとね?」
「う、うん……」
いつの間にか、流されるように。
遠慮がちに伸ばした指先が、美沙のおなかに触れる。
「んぅ……っ」
「うわ……」
触った瞬間、その異質さに思わず声を上げてしまった。
まるで、鍛えられた腹筋を触ってるみたい。
美沙のおなかからはまるで想像と違う、石みたいに硬い感触が返ってくる。ただそうやって触ってみるだけでも解るくらいの、途方もない量のオシッコが、小さなおなかにぎゅうぎゅうに詰まっているようだった。
「ぁふ……」
「へ、ヘンな声出さないでよっ!?」
「仕方ないよぉ……もう、ボクの身体、そうなっちゃってるんだから……」
「ええいあんたはまた誤解を招くような表現を……っ!!」
普段なら軽く鉄拳制裁してやるところなのだけど、いまはそんな場合ではない。私は目の前の神秘に釘付けだった。
「こ、これ、どうなってるの……? 全然、その、見た目はふつうなのに……」
「おしっこしたいの、たくさん『飲み込んだ』んだ……。油断してると、おなかぽこって膨らんでみっともなくなっちゃうから。制服も着れないし、ガマンしてるの分かっちゃって、恥ずかしいしね。だからマッサージと腹筋で、膀胱をおなかの内側に『飲み込む』の。……えっと、だからね?」
美沙は私の手を握ると、自分のおなかに指を触れさせたまま、おヘソの上のほうまでなぞるようにして動かす。おヘソを通り越し、おなかも通りすぎ、辿り着いた先はみぞおちの近く、ブラのすぐ下のあたり。
「だいたいこの辺まで、膀胱が来ちゃってるカンジかな」
「こ、こんなところまでっ!?」
だって、だってもう、ここはおしっこなんかとは全然関係ない、胸の側なのだ。こんなところまで美沙はおしっこを外に出す代わりに『飲み込んで』いるっていうことなんだろうか。
そっと、自分のおなかに手を添える。どきどきと高鳴る胸の鼓動が聞こえた。
こんなところまで……ってことは、ひょっとして心臓の脈動まで膀胱に伝わるくらい敏感に鳴っているってことだろうか。美沙はもう、おなかのどこを触られても、おしっこを誘発するようなあの感覚を感じてしまうのだ。もし仮に私が美沙だったら、この動揺でおなかのなかがさらにおしっこの感覚でいっぱいになって、漏らしそうになってしまっているのかもしれない。
もう、耳まで真っ赤になっているのが自分でもはっきり分かるくらい、顔が熱い。
「へ、平気……なの? その、そんなに出さないでいたりして、どっか病気になっちゃったり、とか……」
「そこは特訓あるのみだよ。毎日ちょっとずつだけど、しっかり鍛えてるもん。いろいろ役にも立つしさ」
ナニのドコをどういうふうに鍛えてるとおっしゃるのか。反応に困る私の前で、美沙はあは、と小さく笑顔を覗かせる。
「病みつきになっちゃうんだよね……ほら、あるじゃない? 誰だって。ちっちゃい頃、オトナの女のひとはトイレなんか行かないんだって思ったりしなかった?」
「えっと……それ、どこの国の人?」
「えー? そうかなぁ」
まあ、その。男の中にはそんなふうに、アイドルとかお嬢様に幻想を抱いてるのがいるなんてことは聞いたことがないでもない。でもそれもほとんどギャグみたいなノリで言ってるのであって、心底信じてるとしたら正直、病気だと思う。
けれど美沙は言うのだ。
「でも、いまのボクってさ、“そう”なんだよ。トイレなんてはしたない場所には、絶対に行ったりしないお姫様……ね?」
「そ、そんなの……違うわよ」
「違うの? なんで?」
「っ、だって、そんなの、別に――トイレ、行ってないだけで……ガマンしてるだけじゃないっ」
「じゃあ、昨日のボクとかはどうなのかな? 一度もおしっこ行ってないけど、ガマンもしてなかったよ?」
「う、うぅうっ、ええい離れなさいっ!!」
間近で囁かれ、思わず胸が高鳴ってしまう。実はごく一部でひそかに下級生にも人気のあるなどという噂もあったりするんじゃないかと思ったりする、少しハスキーな声でそんなことの同意を求められれば、そりゃまあ動揺するなというほうが無茶でありましてね。
でも。
実は、そのお姫様は、おなかのなかにおしっこをぎゅうぎゅうに詰めこみながら、必死に平静を装っているわけで。
「美沙ってさ、実はかなりのMっ気あり?」
「あはは、かもね」
あっさり肯定されたよオイ。
「……昔から、あんまり女の子らしいこと、させてもらえなかったからさ。その反動かなのかも。ほら、さっきエッチな声出すなって千里、怒ったでしょ? こうしてると、……なんだか、自分がちゃんとおんなのこなんだなって、安心するんだ」
「……えっと」
おなかにナニかを詰め込む、っていうのは、たぶん赤ちゃんを育てることの真似みたいなもので。女の子が自分の性を無意識に確認するための遊びだ――とかなんとか。美沙の弁舌にごまかされたように納得してしまう。
実のところ、さっきから私は美沙のガマンのことばかりが気にかかっていて、ほとんどまともな思考ができていなかったりした。
「でも、知られちゃったのが千里で、よかったかも」
「な、なによ、それ」
「だって、千里も喋ったりしないでしょ。他の子に」
美沙は、そうやって、まるっきり私を信用したふうに、言う。
「だから、二人だけのヒミツ。……だよね?」
「……あんた、はっ」
違うのに。今日のこれは、私が、一方的に美沙のヒミツを握っただけだと言うのに。そんなふうに、美沙は私とこのヒミツを共有するのが嬉しいとでも言うように、笑うのだ。
ぎゅぅっと、胸が締め付けられる。切なく、苦しく、甘く。
二人だけの秘密、という言葉が、こんなにも素晴らしいものだということを、私は今日初めて知った。
「ねえ、千里」
「な、なによ」
「さっきのペットボトル、まだ飲む?」
「…………っ」
美沙が何を言わんとしているのかは、色ボケた頭でも理解はできた。それはクラスメイトとして――友達として、いや、人間としてさせちゃいけないことなのだろうと言うのも分かる。
この上、あんなになるまで小さなおなかの中に尿意を抱え込んで、さらに口からも水分を摂取する。美沙は、おしっこをガマンするためのひとつの装置になりたがっているみたいに思えた。
けれど。
私はこの、一種病的なまでに実にお馬鹿な友人の秘密を知ってしまった今、その頼みを断ることが、どうしてもできそうにないのだった。
「飲ませて、くれる?」
「……おなか、ホントにパンクしちゃうわよ」
「あは。もうほんとにたぷんたぷんなんだよ」
「…………」
こくり、と息を飲んだ。
「ねえ、千里?」
「……明日」
「あした……?」
ああ、多分。もうきっと、私の頭までどうにかなってしまったんだ。そうでなきゃ説明がつかない。こんなことを言い出すなんて。
ふたりで共有するヒミツという甘美な響きに侵されて、私は頭の中を支配する熱っぽさのままに言葉を続ける。
「あした、どうなってるか……さ、触らせてくれるなら、……いいわよ? できる? ちゃんと、ガマンできる……?」
「…………」
「ねえ、どうなの? 美沙っ」
「……あは。なんだ。千里って……けっこうSなんだ。……女王様ぁ、ありがとうございますう、って感じ?」
「う、うるさい、真面目に答えなさいよっ……!!」
まともに顔も見れないまま、無茶を言う私に。
美沙は、小さくコクンと頷いてくれたのだった。
(初出:書き下ろし 2008/01/12)