トイレが使えない。
オシッコが、できない。
その二つは普通、等号で結ばれるものではない。けれど家のトイレ以外でオシッコをすることのできない静菜は、世界でたったひとつのトイレ=“オシッコのできる場所”を失い、年頃の少女にとってあまりにも過酷な我慢の延長戦の最中にあった。
(んっ……)
じんっ……
軽く身じろぎしただけで、おなかの中に塞き止められたオシッコがたぷんと揺れて、膀胱の内側に打ち寄せてくるかのようだ。ダイニングで母親と食卓を囲んだ静菜は、ちょっとした油断で疼き始めようとする股間をさりげなく椅子に擦り付ける。
「どうかしたの? さっきからきょろきょろして」
「う、ううん……ちょっと、足、蚊に刺されちゃったみたいでさ。あはは……」
怪訝な顔をする母親に苦しい言い訳を並べながら、静菜はテーブルの下でぎゅっと足を交差させる。
本来ならもうとっくに解放されていておかしくない尿意が、なおも激しく高ぶりながら静菜を責め立てる。ぴったりと寄せ合わされた膝の上、脚の付け根。少女の下腹部をふっくらと膨らませるほどの圧倒的な尿意が、間断的に静菜を苦しめていた。
「お母さん、あの……と、トイレ、いつ直るの?」
「ああ……そうね、明日修理屋さんが来てくれるそうなんだけど、一日で直らないかもって電話で言われちゃったのよ。だから悪いけど、しばらくかかるかもね」
(しばらくって……、いつまで……?!)
それが一体いつまでなのか聞きたいのだが、はっきりした答えは帰ってきそうに無かった。静菜は重苦しい気分に沈みながら、食卓の上の夕食を機械的な動作で口に運ぶ。今日のメニューは大好きなパスタだが、味もよく分からなかった。
そんなことよりも、少なくとも明日学校から帰るまで。修理の終わった家のトイレに入るまで、静菜はトイレを使うことが不可能であるという事態が、重く静菜の頭を占めている。
(それまで……オシッコできないし、トイレもできないんだ……)
今日一日という長い我慢を乗り越えた直後に、さらなる我慢を要求された下腹部は、昼よりもさらに重く張り詰めている。あれからさらに時間が経って、静菜の膀胱にはさらに多くのオシッコが追加されているようだ。シャツの下では既にベルトは取り外され、ジーンズのボタンも掛かっていない。
それでも、尿意の波の頻度は午後よりも狭まってきていた。
(ん、くぅっ……)
じくん、と滲むむず痒い感触に、静菜は思わず身を竦める。椅子の上に軽くおしりを押しつけて、小さな波を乗り越える。
静菜が最後に『おトイレ』をしてから2時間近く。高まり続ける尿意は下半身の緊張を促進させ、静菜は段々と我慢の仕草を隠しきれなくなっていた。
(ご飯、食べ終わったら……『おトイレ』、行かないとダメかな……)
本当のトイレが使えないなら、せめて『おトイレ』をたっぷりと済ませて、尿意がおさまるまで暴れ回るオシッコをなだめてやらなければならない。うずく股間を鎮めてやるには、恐らくかなりの本格的な『おトイレ』が必要になるだろう。
ひくひくと痙攣を始めつつある括約筋に急かされるように、静菜は食事のペースを早めた。
「あら、スープいらないの?」
「う、うん。ちょっと……おやつにジュース、飲みすぎちゃって」
そうして急ぐゆえにだろうか。静菜は自分でも無意識のうちに、メニューのうち野菜のスープと食後のお茶を外側におしやっていた。
いくら人並み外れたオシッコ我慢の才能をもち、普通の女の子の何倍もオシッコを我慢することができる静菜でも、さらなる我慢を強いられた今、これ以上の水分の摂取は避けねばならなかった。
しかし、静菜の状況をまるで知らない母親は、厳しい顔で静菜に勧めてくる。
「あんまり甘いものばかり飲んでると体に悪いわよ。お茶はいいけど、ちゃんとスープは食べなきゃダメ。いい?」
「う、うん……」
皮肉なことに、静菜があまりにオシッコ我慢の才能に恵まれ、これまで一度の失敗もなく優秀にトイレと『おトイレ』を使い分けてきたため、静菜が家の外のトイレではオシッコをすることができないという事実は、なんと家族にすら知られていない。
無論、静菜の両親も愛娘の異常にもっと早く気付いていれば、こうなる前に何らかの手立てを打っていただろう。祖母が他界してから娘に構ってやれなかったことを反省し、専業主婦となった母親も、残念ながら静菜の身体の変調を察することはできなかった。
だが――静菜は今更そのことを口にすることはできなかった。祖母の気持ちを裏切りたくはなかったし、両親を心配させたくはない。なにより、家のトイレ以外でオシッコができないなんて、そんな事を口にするのは恥ずかしすぎる。
これは、自分自身が一生守ってゆくべき秘密なのだと……静菜は幼い心にそう誓っていたのだった。
(どう、しよう……)
目の前に並ぶ、コンソメの香りを漂わせる野菜スープ。いつもならば食欲をそそるその匂いも、口にすればすぐにさらなる尿意の呼び水となることは明白だ。今の状態の静菜には、あまりに辛いものだった。
(こ、こんなの飲んだら、もっとしたくなっちゃう……明日まで、オシッコできないのに……)
飲食と排泄。
実に単純な生物の生理現象だ。飲んだ分だけがオシッコに変わり、排泄される。生命活動として当然の摂理である。
そのうちの一つを封じられ、しかし静菜は普段と同じように振舞わなければならない。誰にも言えない秘密を胸に、今にも脈動を始めそうな下腹部に熱い液体を一杯にして抱え、静菜はどこまでも孤独だった。
「んっ……」
とうとう覚悟を決めてスープに口をつけた静菜は、目をつぶってひとくちひとくちを喉の奥に流し込んでゆく。こうして摂取された水分は、胃と腸を経てやがては身体に吸収され、新たなオシッコの素になって静菜を苦しめるのだ。
(んぅっ……っ!!)
一口を飲みこむたびに、直接膀胱の中にオシッコがちゃぽちゃぽと注ぎ込まれているような気がして、静菜は知らず膝を寄せ合い、お尻をもそもそと動かしてしまう。普段なら絶対にしないような仕草だが、それほどに静菜の尿意は高まっていたのだ。
そして、水物を口にしないまま食事をすることは難しい。
落ちつきがないと母親にたしなめられながら、どうにか食事を終えた頃には、静菜はさらにスープカップに一杯とグラスに一杯の水分を口にしてしまっていたのだった。
「ふぅ……はぁ……」
六畳のフローリングに、どこか苦しげな吐息が響く。
自室のベッドの上に横になって、静菜はずっと下腹部を撫で続けていた。
時折やってくる尿意を押し殺すようにぎゅっと股間を抑え、こくりと口の中に溜まったつばを飲みこむ。それだけでも敏感に反応しようとする排泄孔は、長い我慢に酷使されてわずかに赤くなっている。
(ま、まだ9時……全然……時間経ってないや)
いろいろ試してみた結果、排泄孔に直接膀胱の重みがのしかからない、仰向けの姿勢が一番楽なことに気付き、静菜はベッドに横になって下腹部を柔らかく撫でながらオシッコの波に耐えていた。
しかし、じっと我慢を続けながらの夜はあまりにも長い。枕もと目覚まし時計の長身が文字盤を一周する、たったそれだけのことがまるで永遠のようだ。
次第に、頭の中からものを考える余裕が消え失せ、オシッコの我慢とトイレの事しか考えられなくなってゆく。
(明日……部活はお休みして、できるだけ早く帰ってこよう…たぶん、学校が終わるくらいなら工事も終わってるよね……そうすれば、すぐにトイレできるし、オシッコも……)
一日後の尿意からの解放を想像し、きゅん、と疼く股間をごまかすように、静菜は寝返りをうって脚を交差させる。
一瞬は楽になったものの、横になった姿勢では排泄孔と括約筋に余計な負担がかかり、すぐに尿意は倍化してゆく。
(えっと……明日の4時……3時半くらいだから、あと……18時間くらい……1時間が18回で、1分が10…1080回)
どれだけ短く見積もっても、それよりも早く尿意の解放が赦される事はないだろう。
その予測も、もっとも都合のいい結果が成立した時のものだ。場合によっては二日や三日、家のトイレが故障したままなんでことだって十分にありうる。しかし、そんなことを考えていたらとてもじゃないが耐え切れそうにない。
そう、
静菜は、本当の本気で明日の夕方までオシッコを我慢し続けるつもりでいた。
(だ、だめ……もう、『おトイレ』しないと……)
羞恥に耐えながら、寝返りを打ってうつ伏せになった静菜は股間に両の手を揃えてあてがい、力を込めてぎゅっと押さえ付ける。
「ふぅ、ふぅうっ……」
ぐっと枕に顔を押し付け、声を押し殺し、まるで獣のように四つん這いになってお尻を突き上げる。下腹部で沸騰する尿意を緩和するために腰をむりやり左右に揺すって、ヒクつく尿道を指で強く擦り、楽にする。オシッコの出口を手で塞ぐことで、括約筋をほんの少しだけ緩め、酷使された疲労を回復させるのだ。
膝から下をばたばたと動かし、突き上げるような尿意の波を、おしりをくねくねと動かすことによって身体の中に飲みこんでゆく。
とても人には見せられない、あまりにもはしたない姿。しっかりとドアに鍵を掛け、カーテンを念入りに引いた密室の中だからこそできる、恥も外聞もない我慢スタイルだ。静菜の『おトイレ』は予想よりもずっと早く、本気の状態になりつつあった。
「ふぅう、……はぁ……っ」
肩で息を繰り返しながら、聞き分けなく尿意を訴える股間と、膨らんだ下腹部を丁寧に撫でる。少しでも触りかたを間違えれば、せっかく収まろうとしている尿意がまた膨らんでしまうことを、静菜は経験的に知っていた。
(だんだん、キツくなってきちゃった……っ)
友達とのお喋りに興じながら、午後いっぱいを掛けて摂取した水分が少女の全身を循環し、時間差を経て抽出され、いま静菜の身体の中で最も敏感になっている場所にに集まろうとしている。
利尿作用の強いコーヒーや紅茶といった飲み物を口にしていたことが、静菜の尿意をいっそうきついものにしていた。そして、さっきの夕食で口にした水分も同じ経路を辿り、さらに静菜を苦しめるだろう。
「んう……ん、っ……」
ぎゅぎゅ、と両手の指が股間を揉みしだくのに合わせ、静菜の腰がベッドの上に跳ねた。うつ伏せになって頭を低くし、おしりを突き上げた姿勢は、排泄孔を高くすることでおなかの中のオシッコの重みを胸の方に分散させる効果もある。
こうして尿意が『キツい』時に迂闊に体勢を崩し、排泄器官の中で一番脆い部分に、暴れだしたオシッコの重みが全て殺到してしまえば、あっという間にダムが決壊してしまうのだ。これらは全て、静菜が必要に迫られて身につけた我慢のための知識である。
(おさまってっ、……おねがい、おとなしくしてて……っ)
まるで、おなかの中の赤ちゃんに語りかけるように。静菜は言うことを聞かない下半身をなだめようとしていた。
目を閉じて祈りながら、尿意が収まるのを待ち続ける。真っ赤に染まった顔を枕にうずめ、カバーをぎゅっと噛み締めて込み上げる衝動に耐える。
もはや、まるで自慰でもしているような有様だ。
こんなみっともなく恥ずかしい格好、いくら家の外でオシッコのできない静菜でも滅多にすることはない。そもそも、静菜が隠すことなくオシッコを我慢することを許されるのは、『おトイレ』だけのはずだった。
静菜にはオシッコを我慢することが『おトイレ』ですべきことなのだから、当然『おトイレ』でもない場所で我慢の仕草を見せることはNGである。
なのに、今の静菜はオシッコ我慢の仕草を隠さないばかりか、尿意に耐えかねて、なし崩し的に自分の部屋を『おトイレ』にしてしまっている。これは普通の女の子にたとえれば、自分の部屋の中でオシッコを我慢しきれず、床や絨毯の上に出してしまっていることに等しい。
まさに、羞恥の極みだった。
「っふ、ふぅっ……はぁ、はっ、はぁ……」
じくん、じくん、とおなかの奥が疼く。
己に課したタブーを破る屈辱と羞恥に心を震わせ、汗で湿った下着を擦りながら、深呼吸を繰り返し、小刻みに腰を揺する。
普段は決してすることのない、自分の部屋での『おトイレ』。
もうそれを、この2時間で3回も繰り返した。一回ごとの『おトイレ』で楽になっている時間も徐々に長くなり、対照的に尿意のおさまり具合は悪く、その間隔も短くなっている。
(っ……だめ、やっぱり……ちゃんとした『おトイレ』じゃないと……)
いつまで経ってもおとなしくならない尿意に身悶えしながら、静菜は唇を噛む。
たとえ実際には使うことがないとしても、形だけでも便器やトイレットペーパー、洗面台などといった設備の整った場所でする『おトイレ』は、気持ちの切り換えや精神的な面で、普通の我慢よりもかなり満足できる効果を得られるのだった。
この、耐えようもないほど激しい尿意を我慢しやり過ごすための場所――『おトイレ』を渇望し、静菜はぎゅっと目をつぶる。
「っ……」
またも込み上げる尿意を抑え、静菜の両手に力が篭る。さっきから一向にオシッコの波が引かない。たぷたぷと揺れる下腹部がひっきりなしにむず痒い排泄のメッセージを訴えてくる。
(……『おトイレ』、行きたいよぉ……っ)
限界に近い尿意を堪えながら、さらなる我慢のできる場所を求める静菜。
家のトイレが使えない今、せめてきちんとした場所で『おトイレ』をしたかった。おなかをさすり、ぱんぱんに張り詰めた膀胱をマッサージすることで少しでも下腹部に余裕を作らなければ、いつかおなかが破裂してしまう。
だが、静菜の家のトイレは現在完全に使用することができなくなっており、そこに入るだけで不自然な行ないとなる。家族に見られれば当然疑問を持たれるだろうし、それをごまかして説明しきる自信はない。
そもそも、静菜にとって本当の意味でのトイレ――オシッコを出せる場所に入って、そのまま我慢を続けていられるのか、という疑問もあった。
(おねがい、おさまってよぉっ……)
静菜はただ、一心にオシッコがおさまることを願いながら、自分の部屋で『おトイレ』を続けるのだった。
永久我慢の狂想曲 CASE:浅川静菜4
