永久我慢の狂想曲 CASE:浅川静菜6

 当初の予定の帰り道を大きく迂回し、二つ先の交差点と歩道橋を回って、静菜はどうにか大通り側の公園へと辿り着く。
 この公園は前の学校通学路の帰り道だったこともあり、静菜も昔はよく遊びに来ていたものだ。ジャングルジム、砂場、鉄棒、シーソー、滑り台――ペンキは塗り変えられたりしていたが、ありふれた設備のどれにも、懐かしい記憶がある。
 だが。今夜静菜が目指したのはそれらの遊具のどれでもなく、これまで近づくこともなかった、公園の片隅の小さな建物――公衆トイレだった。
「……うぅ……」
 レンガ造りの建物の入り口で、しばしためらいがちに周囲を見まわしてから、静菜はそろそろとその中へ足を踏み入れてゆく。
 じじ、と点滅する薄暗い照明が、トイレの内部に複雑な陰影を造っている。
 正直に言えば、公衆トイレとしてはあまり綺麗な部類ではなかった。
 床も汚れ、窓には蜘蛛の巣がびっしりと張っていて、さらによく耳を澄ませば虫の羽音まで聞こえた。普通の女の子なら、よほど困っていない限りまず使うことは考えないような酷い場所だ。
 まして、家の外のトイレの使えない静菜にとっては、ここはこれまで無いも同然だった設備である。入るどころか近づくことすらなかった未知の場所でもあった。
 3つ並んだ個室のうち、一番手近な場所へと慎重に歩みを進める。
 個室の中はどれもしゃがみ込んで使用する和式のタイプであり、洋式のトイレに慣れた静菜にとっては、そういう意味でもあまり好ましい場所ではなかった。
「……えっと……」
 とりあえず個室に入り、後手に鍵をかけ、もじもじと足をすり合わせながら、困惑の中で静菜は視線を落とす。
 ここで――“なに”をするべきか。
 静菜は迷っていた。
 いつもの静菜ならなにも迷うようなことはない。ためらうことなく股間に手を添えて、ぐいぐいと尿意を和らげ、落ちつかせるための『おトイレ』をするまでだし、それ以外にすることなどない。
 だが――
(……どうしよう……)
 こうして冷静になって、明日まで直らない事が確実の家のトイレと、もう延々と何時間も我慢を繰り返してすっかり固く張り詰めている下腹部のことを考えると、果たしてそれだけで本当に大丈夫なのか、という気分になってくる。
 確かに、ここで『おトイレ』をすれば、またしばらくは我慢も持つだろう。だが――家のトイレが使えない以上、根本的な解決にはならないはずだ。
 いくら静菜が我慢強いとは言っても、それこそあと10時間以上もオシッコを出さずにい続けられるのかどうか。これまで何度も乗り越えてきた尿意を思い出してしまうと、本当にそれが可能なのかどうか疑問に思えてしょうがなかったのだった。
 外のトイレを静菜が本来の用途で使おうとするのは、いったい何年振りのことになるのだろう。『おトイレ』として、オシッコを我慢するのに使った事はあっても、静菜にとって家以外のトイレは排泄場所としての対象になっていない。
(うぅ……っ)
 しかし、下腹部にせり上がる尿意はそれを上回っている。
 今日のお昼から狭い膀胱に閉じ込められたまま、ぐつぐつと煮詰められた尿意は、段々と鋭くなって静菜の股間を疼かせる。
 オシッコは出したい。……むしろ、したくてたまらない。凝縮された恥ずかしい熱湯は、収まることなく静菜の下半身を占領し、切ないほどの排泄欲求を訴えていた。
「はぁ……ぅ」
 さりげなく腰をくねくねと揺すってみたり、ぎゅっと両手を膝で挟んでみたり、体重を左右に散らして、床のタイルをきゅきゅっと鳴らしてみたり。小さな我慢の仕草を繰り返してみたが、遠慮がちな我慢では中途半端もいいところで、かえって尿意を刺激してしまうばかりだった。
(やっぱり……しちゃおうかな、トイレ……)
 『おトイレ』ではなく、トイレ。
 長い長い逡巡の末に、静菜はようやくそう決断した。
 ざわざわと落ち付かない下腹部をなだめつつ、自分に言い聞かせるように、小さく口に出して繰り返す。
「そうだよね……別に、普通のことだもんね……。みんなちゃんとしてるんだし」
 静菜は覚悟を決めて、目の前の和式便器に向かい、下着に手をかけてしゃがみ込んだ。祖母譲りの潔癖な理性がわずかな不快感になって胸をよぎるが、あえて無視する。
 そして静菜は、トイレの上でオシッコの準備を整え終えた。
 むき出しになった股間をひんやりとした空気が撫で、おなかのなかでぐつぐつと沸騰するオシッコを刺激する。トイレの上でオシッコをするための姿勢を整えただけあって、きゅうっ、と張り詰める切ない感覚はあっという間に押し込められていた下腹から滑り降り、出口のすぐ近くの脚の付け根まで達する。
 けれど。
 さっきまで激しく身悶えしていた排泄孔は、ぴたりと口を閉ざし、止まってしまっていた。
「ふうぅっ……くぅぅんっ……」
 かすかな吐息が個室の中に響く。静菜はそわそわと足の位置をずらし、おしりを上下左右に揺り動かした。膀胱を膨らませるオシッコがおなかのなかでたぷたぷと揺れ、背中にまでその重みが伝わってゆく。
 だが、そうしてずしりと重い疼きが下腹部を支配しているというのに、静菜の股間は静かなままで、わずかの雫をこぼす様子もない。
 オシッコは、出てくれなかった。
「んぅっ……」
 静菜は股間に力を入れ、下腹部をさする。手のひらには石のように張り詰めた膀胱の感触が伝わってくるが、焦れば焦るほど股間の排泄孔は硬く口を閉じてしまう。
 普段に比べてもとんでもない量のオシッコが詰まっているのは間違いないというのに、静菜の身体は言うことを聞いてくれなかった。
 こんな時でも、静菜の下腹部はきっちりとその役目を果たし、排泄孔にまるで固いフタをしたかのようにぎゅっと口を締め付けている。しかしその皮一枚奥では、オシッコを詰めこんだ肉の管が熱い雫を吐きだそうとぴくぴくと震えているのだ。
(出てきてよぉ……せっかく決心したのにっ……さっきまであんなにオシッコしたかったのにぃっ……)
 これでは、まるで口を全て塞いだティーポットを火にかけているようなものだった。ぐらぐらと沸き立つ尿意は密閉された容器の中で際限なく圧力を高めてゆく。途方もない尿意は静菜に終わりのない苦痛を強いているのだった。
(……ここだって、ちゃんとオシッコしてもいい場所なのに……っ!!)
 きゅう、とあそこが疼く。
 きりきりと高まる尿意の波が、静菜の脚の付け根をこすってゆく。
 ――もう、限界だった。
(……やっぱり、わたし、お外でオシッコできないんだ……っ!!)
 そうして、諦めにも似た答えを悟ると同時。
「ふうぅっ……っく…!」
 静菜はたまらず、トイレのタンク指を伸ばしていた。
 激しく流れ落ちる音消しの水の音をバックに、静菜は剥き出しの股間に両の手のひらをかさね、ぎゅううっと握り締める。
「ぁあああああ……っ」
 高まり続ける尿意と、いつまでも出ないオシッコに耐えかね、とうとう静菜は尿意を解決するためのもうひとつの手段――『おトイレ』をはじめてしまった。
 硬く張り詰めた下腹部、ジーンズのあとをくっきりと残したおなかのを少女の指が『ぐいっ』と押さえ込む。重ねて押し当てられた両手はきつく排泄孔を塞ぎ、酷使され続けた括約筋にわずかな自由を取り戻させた。
「ふ……っふ…ぅっ…」
 体重を左右に揺らし、ぎゅうぎゅうと股間をさするたび、ボロいタイルの床がぎぃぎぃと軋む。活性化したアソコを鎮めるための儀式は、どこか荘厳、崇高にすら感じられた。
 壁すらも揺らしかねない大胆なオシッコ我慢は、まったく人気のないこの場所だからこそ許されたものだろう。恥をかなぐり捨てての『おトイレ』は、あまりにも激しいものだった。
「ぁ……はぁああ……」
 少女の唇から甘い響きを備えた吐息がこぼれる。
 解放感に身を委ねた静菜の下半身を、これまでの緊急避難的な我慢とは比べ物にならないほどの満足が包み込んでゆく。
 本来なら、これは限界に近い尿意を抱えながらも、トイレという場所で排泄を行なうことができずいる、苦行にも等しい悲劇である。
 だが、静菜にとってはこれもまた『おトイレ』という排泄欲求からの解放だった。
 むしろ、ここでオシッコを済ませることができなかった――外のトイレを使えなかった静菜にとっては、いまや限界に近い尿意から自由になるたったひとつの方法なのだ。床がひとつ軋むたび、静菜は深い吐息とともにおなかの奥で煮え滾る尿意を飲みこんでゆく。
「ふぅぅ……っ……あ、あっ、ぁ……っ」
 ぐいぐいと抑えられる股間は、マッサージにも似た効果で磨耗した括約筋を回復させ、もはやどんな余裕もなく膨らんだ膀胱を丁寧に揉み解し、他の臓器の入るスペースをほんの少しだけ押し広げて、さらにオシッコを溜められるだけの余裕を作る。
 これは、もはやまぎれもなく排泄行為だった。
 静菜はこの『おトイレ』によって、自分のおなかの中にオシッコを済ませていると言っても過言ではない。
「っふぅ……はぁ……」
 静菜の『おトイレ』は、実に20分以上もの時間に渡って続いた。
「ふぅっ……すっきりしたぁ……」
 爽快感すら溢れさせる声で安堵の息をこぼし、静菜は公園のトイレを出る。
 無論の事ながら、静菜のおなかの中を占める大量のオシッコは一滴も外に排出される事はない。だが、なにしろここはきちんと設備の整った『おトイレ』だ。誰の目も気にすることなく『おトイレ』に入った女の子が、すっきりできないはずがないのだ。
 ちゃんと我慢できるようになるまで、静菜はきちんと『おトイレ』を済ませて、すっきりしていなければならなかったのだ。
 実際、『おトイレ』でたっぷりと我慢を済ませ、幾分余裕を取り戻した静菜の尿意はかなりのレベルまでやわらいでいる。今回の『おトイレ』をしているうち、はじめは見るのも嫌だった公衆トイレは、静菜にとって大切な心のよりどころにすら格上げされていた。
「……あんまり遅くなっちゃうと、お母さん、心配するよね」
 実はまだ、公衆トイレには後ろ髪を引かれるものがあったのだが――かるくそわそわと地面をこするつま先をできるだけ気にしないようにして、静菜は公園を後にする。
 気付けば11時近くになっている時計を気にしつつ、静菜は再び、トイレの無い我が家への帰路についた。

タイトルとURLをコピーしました