「…………」
ごろん、と寝返りを打ち、静菜はすっかり暖まってしまった枕に頬を押しつける。
できるだけ下腹部に負担が掛からない仰向けの姿勢から、身体を横にしたせいで、ぞわぞわっとお尻の上あたりを鈍い痺れが通り抜けてゆく。
(ぅ……)
ちらり、と見上げた目覚し時計は、常夜灯のオレンジの光の中で、「00:36」の文字を点滅させている。
お風呂に入って汗を流し、パジャマに着替えて部屋に戻り、気になるおなかを抱えたままベッドに横になって1時間。じわじわとおなかを圧迫するオシッコの重みは、静菜の下半身を間断無く、執拗に責め続けていた。
一旦は心ゆくまで『おトイレ』を済ませことで落ちついていた下腹部も、夜の静寂の中で再び活性化をはじめている。
「眠れない……よぉ」
枕にぐりぐりと顔を押し付けて、込み上げるあくびをあふ、と噛み殺す。
いつもならもうとっくに夢の中の時間だ。眠気が無いわけではないのだが、オシッコのことが気になって目がさえてしまう。
これまで、家の中でオシッコができないことなどなかった。家のトイレは静菜にとって世界で唯一の『オシッコのできる場所』なのだから、ためらうことなくトイレに立つことができたのだ。
こうしてベッドの上で、眠気と戦いながらオシッコを我慢するような経験は、静菜にはない。
(……うぅ)
すぅ、はぁ、と深呼吸をして気分を落ちつける。
ちくちくとおなかの内側を刺激する濃縮された尿意は、忘れようとしてもなかなか忘れられない。ちくたくと時を刻む隣の部屋の秒針の音までがうるさいくらいだ。
前にもこんな事があった、たしか、受験の前の日の夜だ。明日が本番、というプレッシャーに、静菜は今日と同じように眠れなくなってしまったのだ。焦っても気分が高まるばかりで、横になっているのがまどろっこしく、何度も何度も寝返りを打った。
時計の針だけがゆっくり進んでいって、いつまで経っても目は開いたまま。
(あの時は確か、お母さんにお願いして、ホットミルク飲んだら、眠れたんだっけ……)
瞬間、下腹部できゅうと膀胱が身をよじる。
もはや、ちょっとした想像だけでも尿意の呼び水になってしまうようだった。慌てて楽な姿勢になりつつ、おなかをさすってむずがる下腹部をなだめる。おなかの膨らみはさらに大きくなり、パジャマの下腹部を緩やかに持ち上げていた。
そっと撫でるたび、下腹部どころかおヘソの上近くまでじんっ、と鈍い痺れが走る。つまり、静菜の膀胱は小さな身体の中でそこまで大きく膨らみ、オシッコを溜め込み続けているのだ。
「う、あ、……だいじょうぶだいじょうぶ、平気っ……」
まるで早産を気にする妊婦のようだ。そんな静菜のおなかの中で、排泄欲求は不安定に揺れ、尿意の安定期には程遠い。
あれから何度か、軽い『おトイレ』をしているのだが、その効き目は芳しくなかった。そもそも物理的に不可能なあたりまで我慢をしているのだから当然と言える。いくら強靭な静菜の排泄器官でも、限界というものはあるのだ。
(はぁ……)
ぼんやりとまどろみかけた意識が、下腹部の圧迫感によって引き戻され――閉じかけたまぶたは、ぴくりとそれに抗する。
眠ってしまいたいけれど、そうなれば本当に我慢を続けていられるか不安で、けれどこの尿意の我慢から一時でも解放されるには、せめて夢の中に逃げ込んでしまうくらいしか方法がない。
しかし、尿意は一時も休まることなく、一定の強さで静菜の下腹部を炙り続けているのだ。横になった姿勢ゆえに激しく鋭い大波にこそならなかったが、逆に込み上げてくる尿意は深く、途方もなく、長い。まるで高潮のように、ゆるゆると高まり続けては際限なく昇り詰め、いつ終わるとも知れない。
わずかな身じろぎですらオモラシに繋がってしまうような、不安感を抱えながら、静菜はじっとそれを絶え続けるしかなかった。
気がつくと、静菜は小さなドアの前にいた。
見慣れたドアは、静菜の家のトイレのドアであり、ドアノブの下には自動販売機のような、硬貨の投入口が開いている。
使用料は1回1000円だった。
「――た、高いよぉ」
そうは思うが、壊れてしまったトイレを直すのに、たくさんお金がかかってしまったのだ。有料になってしまうのも仕方がない。
ここのほかにトイレはない。静菜は仕方なしにお財布を取り出して、1回分の使用料金を入れてゆく。
500円、600円、700円……
ちゃり、とお財布の中身が軽くなる。
残りの十円玉が9枚、ドアの前にある金額は900円だった。
10円、足りない。
「あ、あれ? ちゃんと用意してきたのに――おかしいなぁ」
慌ててお財布をひっくり返すが、中身は全部で990円。トイレの使用料にはやっぱり10円足りない。
静菜はたまらずにドアを引っ張った。がちゃがちゃ、とドアが揺れる。
「うぅ、いいじゃないっ……せっかく直ったんだから、10円くらいおまけしてよっ……!! 全部じゃなくても、は、半分だけでもいいから、オシッコさせて!!」
確かに1000円はないけれど、でも990円分は、オシッコができてもいいはずだ。そう思って静菜はドアを激しく叩く。
がん、がん、というノックに耐えかねて、トイレのドアがまっぷたつに折れてしまった。
その奥にはすっかり綺麗になった洋式便器が――静菜のためのトイレが、用意されている。
喜び勇んで、中に掛けこみ、ぎゅうっとパジャマの前を抑えた瞬間――
静菜ははっと目を開けた。
途端、股間に走る猛烈な電流が、静菜の意識を無理矢理に覚醒させる。
「やぁっ……!?」
(で、でちゃ……っ!?)
緩みかけていた排泄孔が、内側からの圧力に負けるかのようにぷくりと膨らみ、熱い雫を吹き上げようとする。股間には下着の股布がぴったりと張りついて、わずかな刺激にも反応せんばかりにひくひくと痙攣していた。
いつの間にか姿勢はうつ伏せになり、自分の体重が股間を圧迫していたのだ。膨らんだ下腹部がベッドに押しつけられてぐっと潰される。膀胱を絞り上げるような尿意は、それが原因だった。
「ぁあっ、くううぅぅっ……!!」
夢の中とは言え、家のトイレに入りかけていたのだ。静菜の排泄器官は完全に排泄モードとなり、膀胱はきゅうきゅうと収縮運動を繰り返している。ほんの少し力を緩めさえすれば、たちまちのうちにオシッコを迸らせそうになっていた。
だが、目が覚めたことによって自律神経が活性化し、静菜の排泄孔はなかば強制的に括約筋を絞り上げ、オシッコの出口を閉めつける。
その結果、行き場をなくしたオシッコは激しく少女の下腹部で渦巻いた。
「っふ、は、ぁっ、ぁ、ぅ、あっ」
猛烈な尿意の奔流に、ぱくぱくと口を開いて声にならない声を上げ、静菜はまるで、何かに執り憑かれたかのごとく、激しく股間とおなかをさすった。
太腿の付け根に手のひらを押し込んで、引きつる排泄孔を直接指でぐぅっと圧迫し、全身の力で暴走するオシッコを強引に塞き止める。
オシッコの出口を強く塞ぎ、静菜はかろうじて一息ついた。
「はぁ、はぁっ…はぁ、はぁー……っ」
荒くなった息をゆっくりと整えながら、ようやく本来の機能を取り戻し始めた括約筋に安堵しながら、静菜はどうにか最悪の事態だけは回避したことを理解した。
(や、やば……あのまま寝てたら、出しちゃってたかも……)
予想外の伏兵に脅かされ、いまだ高鳴り続ける胸を撫で下ろし、落ち着きのない下腹部を静かに撫で、ゆっくりと深呼吸。
いったん暴発しかけたオシッコを再度押し止め、屈しそうになった心を落ちつけるには、まだかなりかかりそうだった。
(良かった……目、覚めて……)
できるだけ下腹部を刺激しないよう、姿勢を整える。
どうも、うつ伏せになっていたのは知らず、脚の付け根に丸めたタオルケットを挟んで、ベッドに擦り付けようとしていたかららしい。
もう一度仰向けになった静菜だったが、荒くなった息はいつまで経っても収まらない。それどころか、ちくちくと鈍い痛みが股間で疼き続け、排泄孔には細長い何かを突っ込まれたような異物感まで響いてくる。
一度目を覚ましたことで、高まった尿意は、眠りに落ちるよりも張るかに存在感を増していた。
(や、やだ……トイレ……っ)
我を取り戻した静菜の脳裏に――あと数歩のところまで迫っていた、夢の中のトイレが思いだされる。
もしあのまま起きずに夢の中のトイレでパンツを脱いでいれば、オネショというかたちでオシッコを済ませることができたのかもしれない。夢の中とはいえ、静菜がオシッコをしようとしていたのは外の『おトイレ』ではなく家のトイレだったのだ。恐らく問題なくおなかをすっきりさせることができたに違いない。
だが。
それは全て、夢の中のことだ。
今はまた、事情が違う。まったく身動きのできない状況で、静菜はぎゅっと目を閉じ身体を丸めて、長い長い尿意に耐え続けた。
いつまでも途切れることのない尿意を無視して眠ることなど、不可能に近い。まる1日に及ぶ長い長い我慢の果て、疲れきった身体にやってくるまどろみに包まれては、反射的に緩みかけた下腹部を締めつけてしまう――そんな永久運動にも似た時間を、それこそ気の遠くなるほど繰り返して――とうとう静菜はそのまま朝を迎えたのだった。
永久我慢の狂想曲 CASE:浅川静菜7
