森深き街道を馬車が行く。
1頭立ての貧相な乗り合い馬車ではない。4頭立ての馬は全て毛並みのいい白馬、操る御者も正装の従僕服である。車体を飾る豪勢な装飾の中央には鷲と獅子を組み合わせた紋章が押され、この地を治めるジルベレット方伯の名に連なる高家の所有であることを明らかにしていた。
かなりの速度を出していながら激しく揺れることがないことからも、仕立ての上等さや馬や御者の腕が飛び抜けていることは確かであり、馬車が乗っているのが余程の高貴な人物であろうこうとを予想させる。
そして事実、後ろの席に座るのはその扱いを受けるに足る存在であった。
上等なびろうど張りのクッションに腰掛け、広い車内にたった一人俯くのは、純白のドレスに身を包んだ幼い少女である。
初々しさと共に無垢な純潔を象徴する白のシルク。スカートを覆うクリノリン。まだ十代の半ばを迎えていないであろうほっそりした身体の魅力を十二分に引き出したドレスは、長い手袋と控えめなティアラを備えて少女を飾っている。
そしてそんなドレスにも負けぬほど、少女は美しかった。透き通るような白い肌に整った顔立ち。金の糸を梳いたような流れるブロンドは、エルフを思わせるほどに長く、水色のリボンで緩く編まれてクッションの上に滝のようにこぼれている。
翡翠のごとき深く澄んだ瞳は、長いまつげの下で憂いがちに伏せられ、触れれば壊れてしまいそうな儚さを覗かせていた。どこか硬い表情は、それでも少女の美しさを決して損なうことなく、一目見た者の心を奪わんばかりであった。
リタニア現国王の叔父にあたるジルベレット方伯ディオンの一人娘――リミエルを乗せた馬車は、方伯領郊外の田舎道をひた走る。
力強く響く蹄のリズムを聞きながら、幼い令嬢は物憂げな瞳で窓の外を見つめていた。
(……ああ……)
せわしなく鼓動を刻む胸をそっと抑え、桜色のくちびるがきゅっと引き結ばれる。
そっと耳の後ろに伸ばされた指先が、乱れ一つない金髪の先を弄ぶ。
そわそわと落ち着きのない様子で、美しき令嬢はは何度も馬車の窓から外の様子を窺う。鬱蒼と茂る森はなお暗く、いつまで経っても途切れることはなかった。
森を横断する街道に入ってからもうどれ程経ったものか、リミエルは憂鬱な溜息と共に焦れる気持ちを抑え続けていた。
(はやく……)
馬車の速度は、幼き令嬢の心地よさと安全を見極めた上での最高のものに近い。しかしそれでもなお、リミエルにはあまりに遅く、じれったいものに感じられていた。
「……っ、ふ……っ」
小さな吐息がこぼれ、熱っぽく桜色の唇を湿らせた。もぞり、と軽く背中を揺らし、少女の手のひらは揃えられた膝の上できゅっと握られる。こくり、と音を立て、令嬢の細い喉が緊張を飲み込んでゆく。
俯いた視線は絨毯の上に落ち、もどかしくも落ち着きなく揺れていた。
(……はやく、っ)
衝き動かされるように、リミエルの焦りは増してゆく。しかし、ひた走る馬車をこれ以上急かすことができるはずもなく、公爵令嬢はただ、じっと強張った表情の内側で焦燥を噛み締めるしかなかった。
手袋の下で汗ばんだ手を握り締めて、リミエルは再度、窓の外に視線を泳がせた。
幾重にも重なった木々の枝の向こうには、僅かに橙色の夕日が覗いている。傾いた太陽が山の稜線にさしかからんとしている時刻、あたりには緩やかに夕闇が迫りつつあった。
穏やかな夕暮れ。誰もが一日を終えてゆっくりと明日に思いを馳せるであろう、今日の終わり。
だが、それでも少女の気は紛れない。むしろ遅い午後の日差しを浴びて穏やかに流れてゆく景色は、リミエルの気をいっそう焦らせていた。
ドレスのスカートから覗く、かかとの高い小さな靴が、せわしなく絨毯の敷かれた床を叩く。
時折、少女が身を強張らせて俯くと、爪先は揃えられてなにかを耐えるようにぐっと床に押し付けられる。
びくっと緊張した脚は二度、三度と小さく震え――数十秒硬直しては、やがて小さな脱力と共に元に戻る。
だが、安堵の時間もそう長くはない。再び小刻みに震え出す爪先は、いつしかこつこつ、と小さく床を叩き出していた。
(はやくして……、が、がまん……できなくなっちゃう……っ)
小さく揺れる馬車の中。
幼き令嬢を襲う尿意は、切なくも激しく高まり続け、いよいよその勢いを増しつつあった。
ざわざわと下腹を撫で上げてゆく尿意――腰奥をむず痒くくすぐるそれは、刷毛で素肌をなぞられているかのよう。ぎゅっと閉じ合わされた内腿を小さく揺すりながら、リミエルは切なげに溜息を繰り返す。
「んッ……」
形の良い眉がきゅっと寄せ合わされ、小さな唇がそっと噛み締められる。思わずこぼれそうになる小さな叫びを飲み込んで、リミエルはドレスの上で小さな手のひらを握り締める。
下腹部で渦巻く下品な衝動――恥ずかしい熱湯で満たされた乙女の秘密のティーポットは、いまやその存在をはっきりと感じ取れるほどに存在感を増している。苦痛からの解放を求めて暴れようとする小さな入れ物をなだめるため、リミエルはそっと手のひらをドレスのおなかに添えた。
まるで石のように硬い手ごたえが、手袋ごしにはっきりと伝わってくる。
純白のドレスに包まれた幼い肢体は、その内部に恥ずかしい液体をなみなみと湛えて、今もひくひくと震えているのだった。
「……っっ…」
がこっ。馬車が轍に乗り上げて上下する。些細な振動はそのまま令嬢の中に蓄えられた禁断の水面をちゃぷちゃぷと揺らし、ますます幼い令嬢を小さく身悶えさせた。
リミエルの下腹部は、今朝からいちども排泄を許されないまま我慢し続けていた液体でぱんぱんに膨れ上がっている。少しでも気を抜けばはちきれてしまいそうな欲求に、先程から自覚できるほどに女の子の部分が伸び縮みを繰り返している。
(ああっ……だめ……っ……)
もはや『我慢の限界』を感じてから既に半刻あまり。乙女の体内の秘密のティーポットをじわじわと高まる尿意で焙られ続け、リミエルはぐったりと疲れ切っていた。
昨日の会食で従姉妹のジュリエッタお抱えの料理番によって披露された、隣領ネザーランドの地方料理。南方産の香辛料をふんだんに用いたスープを、はしたなくも3杯もお代わりした代償に、リミエルは無性に喉の渇きを覚え、ついつい何杯も喉を潤す木苺のジュースを口にしてしまっていたのである。
出立の間際のお茶会でも、リミエルはすでに耐え難い尿意を覚えていた。いつもなら美味しい美味しいと口にするタルトも半分残し、一刻も早くその場を辞したい思いで一杯だったのだ。
が、令嬢たるものが他家を出る直前にトイレを借りていくなど許されるはずもない。後ろ髪を引かれる思いで城を後にしたリミエルは、震えそうになる膝を押し隠し、馬車を走らせた。
だが――耐えに耐え続けた我慢も、いよいよ切羽詰ってきている。
公爵令嬢は縋るようにもう一度、窓の外に視線を巡らせた。無論の事ながらほんの数分で景色が変わるはずもなく、いまだ馬車は深き森の中だ。まだ目的地は遠く、その影も形も見えない。
(こんな……こんなところで……お粗相なんて……)
リミエルは恐ろしい想像にぶるりと身を震わせる。それは貴族令嬢ならずとも、少女にとって最大の恥辱である。幼くとも淑女であるリミエルにとって、決して許されぬ醜聞であった。だが、少女の身体の扉は内側から熱い液体の圧力によって執拗にノックされ、溜め込んだモノを解き放てと訴えてくる。
公爵令嬢は、そっと下腹部に触れて、自分自身が作り出した恥ずかしい熱湯をなみなみとたたえた秘密のティーポットの存在を確かめる。貴族令嬢として躾けられた厳粛な礼儀作法によって、少女のティーポットの容量は同年代の庶民の少女に比べても驚くほどに多い。
そも、この国の王宮などではトイレがないことなどざらなのだ。高貴な人間は穢れとは無縁であり、貴族の子女などはトイレが遠ければ遠いほど慎み深いとされていた。爵位を持つ名家もそれに習い、滅多にトイレを作らないのが慣例である。
しかし――いくら我慢に慣れた令嬢といえども、それにも限界というものはある。そして、いざ耐えられる容積がなまじ多いゆえに、限界が近づくとそのときの苦痛の並大抵のものではなかった。文字通り、下腹部の中で存在を誇示するほどにずっしりと膨らんだ膀胱が、ちりちりと焦げるように内臓を圧迫し、その重さを直接排泄孔に押し付けてくるのである。
いまにもぷくりと膨らみそうになる排泄孔を意志の力できつく締め付けて、リミエルは荒くなり始めた息を整えようと深呼吸を試みた。少しでも楽な息を探して、試行錯誤を繰り返す。
ドレスの細い身体は心持ち折り曲げられ、ぴんと床に突っ張った爪先は、浅く腰掛けたお尻をクッションの上に押し付ける。腰を小刻みに揺すり、幼い令嬢は座席の上ではしたなく身体をよじらせた。
(――ぁ、や……ダメ、ぇ……っ!?)
不意に――穏やかだった水面に緊張が走った。
ぞわりと波のように引いては押し返す衝動が、前触れもなくもっとも繊細な部分に押し寄せてくる。
「ぁ……んぅぅっ……!!」
高貴な振る舞いも淑女のたしなみも忘れ、リミエルはたまらず脚の付け根に手のひらを押しつけた。ドレスの膨らみをくしゃりと握り締め、ぴったりと閉ざされた脚の隙間に押し付けられた手が、硬く張り詰めた下腹部をぎゅうっと押さえる。
じんっ、と甘い痺れが腰骨を走り抜ける。かかとが浮かび、爪先が床を擦る。震えていた両膝は硬く緊張し、硬直して重ね合わされ、身体の奥でびく、びく、と震える衝撃に耐える。
下着に覆われた股間では括約筋が痙攣せんばかりに引き絞られ、吹き出しそうになる熱い奔流を塞き止める。出口のないティーポットに閉じ込められた液体が、行き場をなくしてこぽこぽと渦を巻いた。
「ぁ、ふぅ…ぅッ、っは……っ、くぅうっ……」
それに追い討ちをかけるかのごとく迫る、馬車が道の荒れた部分に差し掛かった。クッション程度では吸収しきれない振動が馬車を小刻みに揺らし、繊細な乙女のティーポットを容赦なく撹拌する。
(が、がまん、ガマンっ、我慢、がまんっ……!!!)
熱い塊を飲み込んだように重い下腹部が、わずかな痛みとともにじんじんと疼く。
今にも沸騰して爆発しそうになるティーポットを必死になってなだめ、おしりを小刻みに動かし、腿を絶え間なく擦り合わせて――リミエルは息をつめ切ない喘ぎを繰り返し、股間を蹂躙する排尿感に抵抗し続けた。
どれほどそうしていたか。やがて、波立っていた水面がわずかにおさまってゆく。
「っ、はぁ……」
(っ、お、おさまった……みたい……)
せり上がってきた尿意を押さえ込み、ひとまず勝ち取った勝利の合間、リミエルは訪れたわずかな安堵の時間に小さく息を吐いた。
今なお水面は上昇を続け、不穏に小さく小波を立てていたが――形振りかまわず我慢しなくとも、なんとか耐えられるレベルに落ち着いたのだ。
だが――そう間をおかず、次の波がやってくるのは火を見るよりも明らかだった。
城に辿り着くまでに、あと何回――今のような危機がやってくるのだろう。たとえ1回か2回はなんとなかったとしても、それ以上こらえ続ける自信は、リミエルにはなかった。
城まで間に合わないのであれば、どこかで用を足すしかない。
(でも……)
少女の白磁のような肌には朱が差し、柔らかな頬と耳を染める。
まもなく夕刻。暗くなる前に戻らなければ父は不安に思うだろうし、そうなれば何故そんなにも遅くなったかを問われるのは間違いない。
(ジルベレット公の娘が、おしっこ、我慢できなくなって馬車を止めたなんて……そ、そんなの言えるわけ……ない、です……っ)
ここは人の近づかぬ深い森だ。旅人も滅多に立ち寄らぬ古い街道沿いには馬車を止められるような場所はなく、まして公爵令嬢が用を足せるようなご不浄はどこにも見当たらない。こんな場所で急に馬車を止めれば、一体何事かと思われるのは避けられないだろう。
馬に鞭をくれる御者の背中をそっと見、リミエルは緊張に身を硬くする。純朴そうな青年の御者は、リミエルが何を命じようと素直に従うだろう。だが彼も愚鈍ではなく、リミエルが茂みの奥に姿を消せばその意味を察しないはずがない。
だが、自然の摂理に反する行いを嘲笑うかのように、尿意は跳ねあがるように高まり幼い令嬢の身体を襲う。
(や、やだぁっ……)
御者台で馬車を操る青年の目を意識し、リミエルの頬がさらに紅く染まる。
と、その時。
「お嬢様」
「は、はぃっ!?」
不意に御者台から声をかけられ、リミエルは心臓が口から飛び出さんばかりに驚いた。
「申し訳ありません、少し揺れます」
訥々と、誠実な声音で事務的なことだけを告げる御者の青年――しかし、一旦意識してしまったリミエルには、彼ははっきりと異性として認識されてしまう。
「っ、や……ッ」
羞恥心に刺激され、緊張した下腹部から尿意が沸き起こった。馬車の揺れも手伝ってたちまち増幅した尿意は、もどかしいむず痒さを伴って排泄孔を刺激し、熱い衝撃がぱんぱんに膨らんだ膀胱を、熱い砂が詰まったように錯覚させる。じんじんと高まる水圧は内臓を圧迫し、身じろぎするたびに鈍い疼痛とちくちくと細い針を突き刺すような切なさを訴えた。
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
聡い御者はすぐに主人の異常を感じ取った。褒められるべき青年御者の察しの良であるが、リミエルにしてみれば憎らしいほどである。
「な……なんでもっ……なんでもありませんっ……」
馬車の振動によって掻き回される繊細な乙女のティーポット必死に庇いながら、リミエルは辛うじて平静を取り繕い、声を絞り出した。
「なんでも、ないですから……す、すこし驚いただけです……」
どう見ても全く大丈夫とは言えない青ざめた顔と、せわしなく擦り合わされる足元。リミエルが虚勢を張っていることは明らかだった。
(は、恥ずかしい……っ、足、動いちゃうっ……見ないでっ……)
御者の青年は椅子の上で小さくなる彼女を見、はっと何かに気付いたように視線を反らす。
そして御者は躊躇わず鞭を振るい、馬車を減速させにかかる。馬がいななき、揺れが大きくなって車軸が軋む。
「っ……!?」
御者の行いに、リミエルもその気配を感じ取った。
(ぁ、あ……やだ、気付かれちゃった……っ、ぉ…しっこ……したいの、ガマンしてるの、き、気付かれちゃった……!!)
「お嬢様」
「ち、違いますっ!! その、そんな――わたし、全然っ、が、がまんなんかしてないですっ!!! ちょ、ちょっと、暑くて、あ、そう、汗……汗ですからねっ」
猛烈な羞恥と動揺から、思わず語気を荒げて叫んでしまうリミエル。
そう誤魔化しながら震える膝を抑えこもうとするが、間断的に襲い来るま尿意の波を誤魔化し切ることなどできるはずもない。
「――以前、耳にしたことがありますが、この森の近くに大層珍しい花が群生しているそうです。お嬢様が手づからお摘みになってお持ちになったとなれば、御主人様もお喜びになられるでしょう」
朝からずっと、おしっこを我慢しながら――貴族であること、少女であることのプライドゆえに、なによりも渇望する「トイレ」の一言が言い出せないでいる。傍から見ればとても滑稽な、羞恥と生命活動の袋小路。
御者の青年は、幸か不幸かそんなリミエルの胸中に気付けないほど愚かではなかった。
「そのために遅くなってしまった事、お許し頂けるようわたくしからもご説明いたします」
(っ……)
リミエルはすぐさま御者の心遣いを悟った。つまり彼は迂遠な言い回しで、漏らす前にトイレに行って来いと言っているのである。
「ぁ……っ」
猛烈な羞恥が、公爵令嬢の幼き美貌を耳まで赤くする。何から何まで知られてしまったことに、死んでしまいたいほどの恥辱が少女を苛んだ。
(……やだ、ぁ……そんな、こんなトコロでなんか……っ)
停止した馬車のドアが引き開けられ、地面に降りるための準備がてきぱきと済まされる。
つまり――その辺の茂みで、はやくおしっこをしてこい、と言う意味だ。
「わ、わたし――お、お外でなんか……っ」
「お嬢様。どうかお聞き分け下さい」
有無を言わせぬ調子で、御者が告げる。それはまるで、聞き分けのない子供に言い聞かせるような言葉。幼いながら必死に保とうとしていたリミエルの、令嬢としてのプライドを無残に踏み砕くものであった。
リミエル・エリザベート・レィ・ジルッベレットは、まだトイレの躾もできていないような、みっともない子供であるのだと。そう告げられたも同じである。
(――嫌ぁ……っ)
ずたずたに引きちぎられてゆく少女の羞恥心。しかし、そんな少女にも大自然の摂理は容赦なく襲い掛かる。震え出す下半身は、再び大波の予兆を覗かせる。
森の茂みでのおしっこと――このまま、馬車の中でのオモラシ。
二つを天秤にかけ、リミエルに残された選択肢は無論ながら、ひとつしかなかった。
ぞわり、ぞわりと一歩ごとに足元から這い登ってくる激しい尿意を堪え、できる限りなんでもないというように装いながら、リミエルは御者の手を借りて馬車を降りる。もはや、足を大きく広げるのも難しい。
「ごゆっくり、なさってください」
「……っ」
地面に降りたところで御者から声をかけられ、とうとうリミエルは耐え切れなくなって駆け出してしまった。街道の茂みを分け入るように、木々の隙間に飛び込んでしまう。
と――
ぶじゅっ、ぶじゅあああああああああああ!!!
すさまじい勢いで、水音が響く。なんとリミエルの背後で、馬車から放たれた馬の一頭が放尿を開始していたのだった。
馬たちも朝からの仕事で、息をつくひまもなかったのだろう。
体内に溜めていた水分を全て吐き出してしまうような激しい音を響かせ、獣の放つ猛烈な水流が地面を穿ち、ばしゃばしゃと地面をえぐり、周囲にびちびちと泥を巻き上げて乾いた土を侵食してゆく。
まるで、桶で水を撒き散らしているかのように、圧倒的な放水――
(ぁああ……っ!!)
その光景に、公爵令嬢の頭が真っ白に沸騰する。
これから、自分もあれと同じ事をするのだ――
そうはっきりと認識してしまったリミエルは、羞恥に突き動かされるまま全速力で茂みの中へ走り去った。
鬱蒼とした森は、確かに視界を遮るのにはうってつけだった。柔らかい地面はふかふかの絨毯のように靴を受け止め、重なり合った梢は夕暮れの日差しのほとんどを遮断している。
立ち並ぶ木々はどこまでも続き、動物の鳴き声一つなく静まり返っている。これなら確かに姿勢を低くしてうずくまれば、誰にも気取られずにいられることも難しくはないだろう。
(……で、でもっ……こ、こんな……お外で、なんてっ……)
貴族令嬢として、一人の少女として。このようなことは決してあってはならないことであった。今まさに自分が禁忌に踏み入れているのだと知り、リミエルは羞恥に顔を染め上げる。
衝立どころか、屋根のない場所で下着をずり下ろしドレスをたくし上げ、少女としてもっとも大切な場所をあらわにし、無防備な姿を晒してしゃがみ込む――それだけでも気絶してしまいそうに恥ずかしい。あまつさえ、リミエルはこれからここで己の体内に満たされた恥ずかしい熱湯を勢いよく吹き出させるのである。
だが、最悪の事態を避けるためには、リミエルはその動物にも均しい行為を受け入れるしか道は残されていないのだ。貴族のプライドと疼く下半身の板挟みになる彼女をあざ笑うかのように、秘密のティーポットに詰め込まれた液体は、リミエルのもっとも恥ずかしい部分を突き破ろうとざわめき、激しく渦を巻く。
「ふぁ……ぅん…っ」
しかし、切羽詰った下半身は少女の身体を知らずクネらせ、半開きの唇からは甘い喘ぎがこぼれる。
尿意の波はさらに強まり、ずぅんと下腹部に抱え込んだ重いティーポットの中身が、リミエルの原始的な衝動を刺激した。
「あ……ああっ……ダメっ……来ないでぇっ……」
また、『さっきの』ような大波が押し寄せる。迫り来る発作はじりじりと水位を高めてゆく。
リミエルの意思に反して、なみなみと熱い液体を湛えた容器が、勝手に収縮を始める予兆である。
羞恥に突き動かされてぎゅっと股間を押さえたリミエルの手のひらの下、一旦はぎゅうときつく引き締められた排泄孔が、尿意に耐え兼ねるように再びじわじわと押し広げられる。美しい少女がその幼い容貌を羞恥に染め、切なく吐息をこぼす様は、見蕩れるほどに艶かしい。
両足ががくがくと震え出した。股間に間断的に走る痺れが、リミエルの思考をぐらぐら揺らす。
(ダメ……ダメなのにっ…ぁあっ、……こんなこと、絶対に……しちゃいけないのにっ……)
「くぅうっ……!! も、もうダメ……、で、でちゃうっ……」
人目のないことをいいことに、リミエルははっきりと尿意すらを口にしてしまう。
大切なところを剥き出しの外気に晒し、そこから地面の黒土にむかって激しい水流を吹き出している姿――さっきの馬たちと同じように、まるで理知も気品も全くないままに、獣のような行為を望んでしまっている自分に、少女の耳は真っ赤に染まる。
それでも、下半身を襲う尿意はもはや一刻の猶予もなくリミエルを急き立てる。ここでおしっこを済ませてしまえば――耐えに耐え続けた排泄の解放感は想像だけで幼い令嬢の心を震わせた。
いくら我慢を重ねても、少女の幼い身体にはいつか限界が訪れてしまうことは明白だった。
もし城まで間に合わず、粗相をしてしまうようなことがあれば。密閉された馬車の中に響き渡る激しい水音と立ち昇る湯気、身を切るような羞恥は繊細なリミエルの理性を侵してゆく。
じくん、と再び膀胱の中でおしっこが暴れ出す。
「ふあぁ……あぅううっ……!!」
とうとうリミエルは切なげな嬌声を漏らしてしまった。
耐え切れなくなった腰がくねくねと左右に揺すられ、それにあわせて令嬢の体内の秘密のティーポットもたぷたぷと中身をざわめかせる。
少女の体内、例えるならば精緻な細工を施された陶器のティーポットは、下品な衝動に猛り狂う悪魔の熱湯に占拠されてしまっていた。
「んっ、んんっ、んんぅ…っ!!」
突き上げるような尿意の衝動に晒され、リミエルは崩れ落ちるように木の根元にしゃがみ込んでしまう。
とてつもなく危険な体勢だった。ドロワーズがくしりと軋み、薄布一枚を隔てた内部から熱い雫をにじませようとする。張り詰めた下腹部を必死にさすりながら、リミエルは大きく息を繰り返す。
(うぅうぅっ、くぅうぅうっ……ぅうあうぅうぅっ!!
でちゃう――だめ、もう、でちゃうっ……!!)
だが――
それでもなお、令嬢の理性は、淑女として躾けられた深窓の令嬢のたしなみは。
野外での排泄という恥も外聞もかなぐり捨てた行いを、許せなかった。
(だめ、がまん――ちゃんとした、おトイレまで――っ)
こんな場所で、地面を濡らし土をえぐり、湯気を立ち昇らせて激しくおしっこをすることを、リミエルは躍起になって否定する。
(ちゃんとしたおトイレじゃなきゃだめ――だめなのっ……!!)
何十秒、そうしていただろうか。
永遠に続くかと思われた尿意の洪水は、緩やかに引いていった。もちろん完全になくなるような事はない。
単に、また次の発作までのわずかな時間を稼いだに過ぎない。次の大波は、今のものよりもさらに激しくなることは確実なのだ。
「はぁ、はぁっ……はあ……っ」
(な、なんとか、おさまった……みたい)
息を荒げながら、リミエルはそっと股間を探り、どうにか自分が下着の純潔を守り通したことを知る。猛烈な尿意に打ち勝った安堵から、ゆっくりと息を吐く。
そんな彼女には、“次”のことなど考える余裕はなかった。一時的に耐え切ったとしても、それはほんの少し限界が遠のいたに過ぎない。少女の下腹部に蓄えられたおしっこは、遠からず更なる脅威になって押し寄せてくることを。
続く。
(初出:書き下ろし 2008/11/16)
公爵令嬢のお話・1
