公爵令嬢のお話・4

 
(が、我慢――がまん、しなきゃ――)
 御者の青年に従いながら、もどかしい足取りでよちよちと歩く公爵令嬢が抱えていたのは、哀れにも、悲壮な決意だった。
 見えない敵から、乙女の貞操を守るために、緊張に強張る足は大きく内股となり、腰はアヒルのように不恰好に真後ろに突き出されている。さりげないつもりで下腹部を庇う手のひらは、その実ぎゅうぎゅうとスカートの上から前を押さえている。
(だ、大丈夫……、し、しばらく、すれば、ま、また……落ち着くはずよ……あぅううぅッ、くぅ……そ、それまで、このまま――静かにしてれば……お、おしっこしたいの、おさまるはずだから……っ)
 少しでも隙を見せぬよう、慎重に息を繰り返し、わずかにでも楽になるように姿勢を変えて、猛烈な尿意を身体の中に押し込んでゆく。
 もう、こんな場所には一分一秒もいたくなかった。
 何度も何度も、ちらちらと背後を振り返りながら、リミエルは、可能な限りの早足で森の小路を進む。
 先導する御者の青年が、知ってか知らずか振り返らないのをいいことに、リミエルの我慢の姿勢はますます傍若無人なものとなる。
 よたよたと覚束ない足取りと、後ろに突き出されたへっぴり腰、ドレスのスカートの前にぴったりと添えられたままぴくりとも動かない手のひらは、慎み深き公爵令嬢の姿にはおよそ許されないはしたない姿だ。
「は……くぅ……っ」
 一歩ごとにポンプのように尿意がくみ上げられ、少女の股間に危機を呼び寄せる。それでもふと気を抜けば、あの木こりが後ろをこっそりと尾けてきているような気がして、恐ろしくてたまらない。
(だ、誰もいませんわ……いないに、決まってますっ……)
 好色そうな瞳で自分を見ていた、野卑で薄汚れた男。リミエルのまったく知らない世界に住む相手に対してとは言え、過剰ともいえる反応であろう。しかし一度植えつけられてしまった恐怖心は、どれだけ首を振ろうと拭い去ることは難しい。
 数歩歩いては後ろを振り返り、あの山のような大男がいないかを確認する。リミエルはただひたすらに自身の心から生まれた恐怖から逃れようと必死だった。
 そして、それを追い立てるようにますます激しくなった尿意が、秘密のティーポットを軋ませる。
「は……ふ、っ、ふぅうぅっ……っく、はあ、はあっ……」
 潜めようとする息も、荒く激しい。御者の青年に聞こえぬよう(リミエルも、いくらなんでも彼に聞こえていないわけがないことは理解はしていたが)必死に息を詰め、汗ばむ額肩袖でぬぐう。
(だ、だめ、やっぱり、お、おトイレ……っ)
 一度ははっきりと拒絶したはずの排泄が、またも抗いがたい誘惑を伴って舞い戻ってくる。
 結局できなかった『お花摘み』に、下腹部は切ない欲求を繰り返し、小刻みに収縮を繰り返していた。ひく、ひくと蠢く乙女の部分に途方もない切なさを覚え、リミエルは白い首筋をくねらせ、小さく呻き、身をよじらせる。
 ――これなら、お外のほうがよっぽどマシ。
 木こりの小屋、あまりにも汚れはてた、トイレと呼ぶのも憚られるような密室で、ついに至った思考が、再度リミエルの頭を占めてゆく。
 もはや高まる排泄欲求は天井知らずに増し続け、いつ限界を突破するかわからない。もはやこの森の中にまともなトイレなどないことをありありと見せ付けられた今、リミエルが楽になるには、御者を再度呼び止め、どこかの草むらに駆け込んでスカートをたくし上げ、しゃがみ込んで用を足す以外の選択肢はない。
 おそらく、御者の青年もそのことは理解しているだろう。一声かければ、すぐにそれを察し、叶えてくれることだろう。
 だが、背後に迫る男の幻影が脳裏をちらつき、リミエルには御者に声をかけることも、茂みに踏み入る勇気を奮い起こすことも、どうしてもできなかった。
 リミエルが我慢に我慢を重ねていたものを思う存分噴出させるその瞬間を、そのあたりの木の陰や茂みの奥に息を潜めて、じっと待ち望んでいる――そんな想像が、頭から離れないのだ。
(いやぁ……ッ)
 鳥肌の立つような想像に、リミエルはぶんぶんとかぶりを振った。
 いまや、御者と共に歩き安全なはずの森の小路すらも、魔物の潜む闇の森のように感じられる。こんなところにこれ以上居続けるのは、とてもではないが耐え難いことだった。
 少しでも早く、風のように走る馬車に乗って、誰も後を追ってこれないほどの遠くまで離れなければ、この恐怖を拭い去れないのは間違いなかった。
 だがしかし。
(ひ、一人でおトイレなんか、怖くてできないけど……っ、つ、付いて来てなんて、言えるわけないわ……)
 まさか、トイレをするその瞬間まで、御者に見張っていろというのか。
 不可能だ。無論、命じれば彼はそれに従うだろうが、たとえ慣れ親しんだ青年であっても、小さな小さな子供ならばともかくも、その目の前でおしっこをするなど、天地がひっくり返ろうとも在り得ない。
「っ……んぅっ……」
 ぎゅうっと唇を噛み、俯いて、リミエルは足を動かし続ける。
 さして奥まで踏み入れたつもりはないのに、馬車の待つ街道まではなかなかたどり着けなかった。もっとも、無様にお尻を突き出し前屈みのおぼつかない足取りでは、赤子の歩みにも劣るのだが――。
「ぁ、あ、だめ、だめぇっ……」
 小路の中央で不意にリミエルは声を跳ねさせた。
 不意に高まり始めた尿意が、激しく脚の付け根を内側からノックする。ぐらぐらと火にかかったままの秘密のティーポットの中で、乙女のホットレモンティが沸騰する。
 身体の中で暴れ回る尿意に振り回されるように、公爵令嬢はその場に立ち尽くし、突き出した腰を左右に揺すり出してしまった。まるで見ようによっては、発情した獣がオスを誘っているかのようにも見える。公爵令嬢が幼くも無垢な美貌を、羞恥に染めて細い身体を左右に振り立てるのは、危うい誘惑の香りすら漂わせる。
(い、嫌ぁっ……こ、こんな恥ずかしい格好……ッ!! だめ、だめっ、や、やめなくちゃ……っ)
 斜め下を向いて、手のひらに押さえ込まれた下腹がぐっと張り詰める。重力に引かれて股間の先端に集まり始めた尿意が、リミエルの磨耗した括約筋を押し破ろうと暴れ回る。ぷくり、と出口に集まった熱い雫が水門のすぐ内側で膨らみ、下方に収縮した膀胱が少女の足元へとせり出そうとしてくる。
 ふらりと傾いた姿勢が、徐々に脚を広げ、膝を畳み、その場に腰を下ろすようなものへと変わっていった。
「ぁ、ああっ、や、だめぇ……っ」
 悲痛な声が公爵令嬢の細い喉から絞り出される。小さな手を包む手袋が皺の寄った指先でドレスのスカートをきつく抑え、握り締める。こぼれる叫びすら、うなじから耳までが羞恥に紅潮し、リミエルの繊細な羞恥心を刺激する。
(だめ、しゃがんじゃうっ、しゃがんじゃダメ……っ、で、でちゃうぅっ!!)
 下腹部に破裂寸前の水袋を抱えるリミエルにとって、その姿勢はまさに禁忌。『オシッコをするための』体勢でしかない。かかとが自然に持ち上がり、歩き方すらより一層不安定な爪先立ちへと変わってゆく。
 このまま脚を折り曲げ下腹部にさらなる圧迫を加えれば、逃げ場のない恥ずかしい水が最も脆く敏感な部分を突き破って吹き出してしまうだろう。その甘美な誘惑は先程、茂みに踏み入れて木の幹にしがみ付いた時に嫌と言うほど思い知っている。
 いちどそうなってしまえばその誘惑は抗いがたく、もはや立ち上がることができなくなってしまう可能性すらあった。
(しゃ、しゃがんだら、本当にでちゃうっ……!! お、おトイレ、はじまっちゃうっ……!!)
 まして、ここは見通しのいい小路の真ん中だ。
 傾いた身体を支えるため、捕まるようなものすらない場所で、爪先立ちになった少女はふらふらと左右に身体を揺すり出した。腰から背中がびくびくと波打ち、うねる。
 がく、がくと力の抜けた脚を奮い立たせようとするリミエルだが、股間に響く熱い刺激がまったくそれを許さない。すでに下腹部に詰まっているのは液体を通りこして湿った砂かなにかのようで、ずっしりと下腹部を重くするその重苦しさに耐えかねて、膝が大きく曲がってしまう。
「く、ぅうぅっ……」
 森の梢の中、またも訪れた限界と戦う公爵令嬢の苦しげなうめきが響く。
 ふらりと視界が揺れ、ただの踏み固められた地面が、目の前に迫ってくる。
(ぁあぅ、か、身体が勝手にっ……しゃがんじゃいそうっ……い、今しゃがんじゃったら、で、でちゃ……っ、こ、このまま、オシッコはじまっちゃうっ…!! こんなトコロで、おしっこ始まっちゃうぅうっ……!!)
 きゅう、と下腹部が波打ち、公爵令嬢に禁忌の排泄姿勢を強要する。
「だ、だめ……で、でちゃう……うぅっ……」
(だめ、おさまって、お願いおさまってっ……こ、これ以上は、本当にダメ、ダメ、ですっ……)
 必死の思いで尿意をなだめようと下腹部をさするリミエルだが、気休め程度の効果もない。小さな身体の内側で、行き場をなくした恥ずかしい熱湯がなおもその勢力を増し続けているからこその、この猛烈な尿意なのだ。
 ぷくりと膨らんだ排泄孔は、萎まぬままに、激しい水圧が押し寄せる。
(っ、でちゃう、っ、オシッコ……でるっ、でちゃううぅっ!!)
 ついに大きく脚を広げてしまい、公爵令嬢は心の中で悲痛な叫びを上げた。
(んぅうっ、でちゃう、でちゃううっ……)
 今すぐにでも深くしゃがみ込んで、たぷんたぷんに詰まった乙女の水袋の中身を残らずぶちまけてしまいたい。既にリミエルの繊細な膀胱に耐えられる量などとっくに超えている。公爵令嬢としてのプライドと羞恥心が、辛うじて開きかけた排泄孔を縫いとめているのみだった。
「もうだ…め……、も、漏れちゃうぅ……」
 熱に浮かされて汗ばんだ公爵令嬢のくちびるが、はしたなくも限界を訴えた。左右の手のひらで抱え込まれた下腹部が痙攣し、ひくひくと震える。
 押し寄せる尿意に心すら屈しそうになりながら、それでも少女の身体は、股間をぎゅぎゅぎゅううっ、と握り締め、ねじり上げ、ひたすらに押さえつけて。己の身体が欲求する尿意を否定ようとしていた。
(ああああっ……っダメぇ、でるうっ、おトイレ出ちゃうっ、おトイレするっ、おさまってぇっ、お願いいっ、……でちゃう、もっちゃうう、漏れちゃうぅうっ!!)
 なんとか全身の力を使って強烈な波を押し戻しても、すぐに次の高波が押し寄せる。秘密のティーポットの出口を直接指で塞ぎ、沸騰するレモンティを押し止め、リミエルはあえやかに桜色の唇を開閉させた。
 形の良い小鼻もぷくりと膨らみ、細い喉は口に溜まった唾液をかすかな動きで飲み込む。
 しかし、そんな努力も空しく、すでに令嬢の指先にはじんわりと湿り気が触れていた。ドレスの内側、バニエで膨らまされたスカートのさらに奥で、ドロワーズの股間は押さえられた手のひらの下から、まるで水気たっぷりの果物でも潰したようにぶじゅ、ぷじゅ、とはしたない水音を立てている。
 少女の股間の先端からじゅるる、ぴじゅっ、と吹き出す熱い濁流の前兆は、徐々に大きく公爵令嬢の下着を侵食し、じわじわとその支配地域を広げようとしていた。
 前を振り仰ぐ余裕もないリミエルは、御者の青年が既に足を止め、背中を向けたまま困惑を露にしているのにも気付けずにいた。
「あ、あっ、あぅっ……だめ、だめえ……でないで、出ないでぇ……くぅ、うぅう。が、我慢っ、我慢するのっ……」
 切なくも激しい尿意と、それへの抵抗を、喘ぎ声の隙間からこぼす公爵令嬢は、そのままなおも十数分、森の梢が重なる小路の真ん中で、中途半端に腰を浮かせてはくねくねとよじり、もじつかせては、下着とドレスを少しずつ、少しずつ濡らし続けた。
 続く。
 (初出:書き下ろし)

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