「じゃあママ、行ってくるわね」
お気に入りの赤いフードつきのコートを羽織り、手には大きなバスケット。とんとんと靴のかかとを叩いて、赤ずきんは元気に言いました。
「ええ、いってらっしゃい。森の中ではオオカミには気をつけるのよ」
「平気よ、オオカミなんかぜんぜん怖くないわ。追っ払ってやるもん」
「本当に気をつけてね、もし何かあったら、すぐに狩人さんを呼ぶのよ」
「わかってるわ、ママ。いってきます!!」
台所から顔を出したお母さんが心配そうな顔をして見送る中、赤ずきんはそう答えると、家から続く、森の小路を歩き出します。
うららかな日差しはぽかぽかと暖かく、雲ひとつない青空は見上げているだけでうきうきと心が躍ります。赤ずきんは小さく歌を口ずさみながら、スキップをはじめました。
「ああ、本当にいいお天気! 何か、とっても楽しいことがありそうね」
抜群のお天気に恵まれて、フードの下でキラキラと目を輝かせ、赤ずきんといったら、もう楽しくて楽しくて仕方がないというようです。
放っておいたらバスケットを放り出して、どこか別の場所に遊びにいってしまいそうでした。もう、すっかりお使いだということも忘れてしまっているようです。
「……あら? あれは……」
いろいろ思案をめぐらせながら歩いていた赤ずきんですが、ふと森の道の向こうに見慣れない人影をみつけます。
きょろきょろと辺りを見回し、忙しなく早足で歩くその姿は、赤ずきんの知っているものでした。赤ずきんはじいっとその背中をみつめ、くすっと口元を緩ませます。
「うふふ、そうね、それもいいわね」
そう言うと、赤ずきんはこっそりと足音をしのばせ、その子のあとをつけはじめたのでした。
深い深い森の中、小路の端で、オオカミはすっかり困り果てていました。
「……うぅ、いったいどうしましょう……困りましたわ……」
オオカミは尖った耳をそわそわと揺らし、可愛らしい唇を突き出して、ぐるぐるとその場を歩き回ります。
落ち着かない足元と、元気のないしっぽ。笑うと覗く愛くるしい八重歯も、きゅっと結ばれた口元の奥に隠れてしまい、元気に跳ねる左右に括られた薄茶の長い髪も、今日は頼りなげにふらふらと揺れるばかりでした。
オオカミは決して、村の人たちや動物たちが言うような乱暴者ではありません。ただ、ちょっと力だ強いだけの普通の女の子なのです。しかし、人間や森の動物たちは何故かみなそろってオオカミを怖がるので、オオカミはできるだけみんなを脅かさないように森の中で暮らしているのでした。
けれど昨日、オオカミのお家に突然、鉄砲をかついだ狩人がやってきたのでした。乱暴者のオオカミを追ってきたという狩人に棲家を追われ、オオカミはそのまま一晩中歩き続け、疲れ果ててここで途方にくれていたのでした。
「……はぁ……」
ため息と共に深く俯いて、オオカミは重くなった手足をそっとさすります。お家を飛び出してから夜じゅう歩き通しで、体じゅうがすっかりくたびれていました。昨夜はすこしも眠っていません。
けれど、どこで狩人と出くわすとも限らないので、棲家に戻るわけにもいきませんし、かといって村に行こうにも、狩人を寄越した人間たちが黙っているわけもありません。狩人が歩き回っているせいで森の動物たちもいつも以上にひっそりと棲家に閉じこもり、オオカミに答えてくれないのです。
このままではオオカミは今夜も寝るところがなく、またお外で夜を明かさねばならないでしょう。
「うぅ……っ、あ、だ、だめ……っ」
それに、オオカミにはもっともっと困った事態が訪れていました。
そわそわとあたりを見回し、さりげなく伸びた手のひらがそっと、可愛らしいキュロットの上から脚の付け根に添えられます。内股で小刻みな足取りはおぼつかなく、オオカミの足跡は小路をふらふらと左右に揺れていました。
「はうっ……くうぅ……っ!」
だめ、と思う間もなくじくん、と身体の奥にイケナイ感覚が響きます。思わず気が緩みそうになり、オオカミはぎゅっと唇を噛んで息を詰めました。ちりちりと脚の付け根を焦がす甘い痺れはますます強くなり、いくら身体をよじってもおさまる様子がありません。
(ど、どうしましょう……ほ、本当に……あっ、う……)
差し迫った限界は、じりじりと高まり続け、ますますオオカミを焦らせます。
とうとう耐え切れなくなり、オオカミは両手をきゅうっと股間に押し当ててしまいました。みっともなく中腰になってお尻を突き出し、もじもじとその場で足踏みダンスを始めてしまいます。
(ぉ……おトイレ…っ……)
切なく疼く下半身の欲求を感じながら、オオカミは縋るようにあたりを見回しました。
昨夜、お家を追い出されてから、オオカミは一度もトイレに行っていませんでした。昨夜から我慢し続けているオシッコは、そろそろ限界に近く、おなかの中では限界間近に迫った水面がたぷたぷと揺れています。もはや、オオカミのおなかの中のダムはいつ決壊してもおかしくない状況なのでした。
「……は、早くしないと、もう本当に……っ……で、ですけれどっ……」
もじもじ、くねくね、オオカミの足が重ねあわされ、膝が擦り合わされます。
森の中をさまよい歩き続け、もうどうしようもなくなってしまったオオカミはさっきからずっと、ひとけのないちょうど良い高さの茂みを前に、そこでおトイレを済ませてしまおうかどうかと思い悩んでいたのでした。
もちろんオオカミだって普通の、お年頃の女の子です。おトイレ以外の場所でオシッコをするなんてとんでもないことです。だからオオカミは、朝早くからずうっとおトイレを探し続けていました。けれど、森の動物はみんなオオカミを怖がっているので、おトイレを借りるどころかまともに話も聞いてもらえません。
とうとう森じゅうの動物にそっぽを向かれ、オオカミはほんとうに行くところをなくしてしまっていたのです。
(お、おトイレ……行きたい……っ、も、もぉ、出ちゃいそう……っ……で、でも、こんなトコロで、おトイレなんか……は、はしたない、ですわよ……っ)
おヘソの裏側で、ちりちりといけない感覚が高まってゆきます。
目の前の茂みの誘惑と、女の子としてのプライドが、オオカミの心の中で激しく戦っていました。オオカミはみんなが思っているのよりもずっと、恥かしがりやの女の子なのです。
けれど、誰もおトイレを借してくれないのであれば、いつか決断しなければなりません。いつまでも我慢を続けていられるわけもなく、意地を張ったまま、本当に限界が来たら、――それこそ最悪の事態になってしまうことでしょう。
もじもじと腰を揺すりながら、いったいどれほど経ったのでしょうか。
「……し、仕方ありませんわ、は、恥かしいですけれど、緊急事態ですもの……っ」
ぼそぼそと、誰に言うでもなく言い訳をして、顔を真っ赤にしたオオカミは茂みの中に分け入ってゆきます。
もう周りを見回す余裕もないオオカミが、そのままぎゅっと目を閉じ、キュロットの留め金に手をかけてしゃがみ込もうとした、その時でした。
「あら、オオカミさん? こんなところでどうしたの?」
まったく唐突に、オオカミの背中から元気な声がかけられます。
いままさに、誰にも見られないようこっそりとおトイレをはじめようとしていたところにいきなり名前を呼ばれたものですから、オオカミは飛び上がらんばかりに驚きました。
「……っ!?」
口から飛び出しそうになった悲鳴と、あそこから飛び出しそうになったおしっこをぎゅっと押さえ込んで、慌ててキュロットの留め金を止めなおし、オオカミは茂みから飛び出します。
そこにいたのは、にこにこと笑顔の赤ずきんでした。いつもの赤いフード付きのコートを着て、大きなバスケットを下げて、不思議そうにこくんと首を傾げています。
「どうかしたの? そんなところに隠れて。ひょっとしてかくれんぼでもしてたのかしら。……わたし、オオカミさんの邪魔をしちゃった?」
「あ、赤ずきんちゃん……。い、いえいえ、な、なんでもありませんのよ、ちょ、ちょっとご用事があっただけですの」
ご用事。
まさか、その大事なご用事が、オシッコをしようとしていただなんて答えるわけにはいきません。オオカミは慌てて手を振って、なんでもないですのと答えます。けれど、赤ずきんはますます首を傾げます。
「ええ? そうかしら。なんだかあやしいわ。まさかオオカミさん、なにか悪いことを考えていたんじゃないの? ……たしか、狩人さんがオオカミさんを探しているのよね?」
「ち、違いますわ!! そんなことはありませんわよ!! あ、あれはただの誤解なんですの!! わ、わたくしは別に、だれも食べたりなんかしませんもの!!」
これはまったくその通りでした。これまでオオカミはいちども、森の動物や人間を食べようとしたことなんてありません。けれど、誰かがいなくなったり、姿が見えなくなると、誰も彼もがオオカミのしわざなのだと噂するのです。オオカミはいつも、涙をこらえて心を痛めていたのでした。
けれど、オオカミがいくら言っても信じてはもらえません。だって、オオカミはオオカミなのですから。
「そうなの? なんだか怪しいわ。……まさか、オオカミさんたらわたしを油断させて食べようとしてるんじゃんないのかしら? 茂みに隠れていたのも、そのためなの?」
危ないものを見るように、赤ずきんが後ずさります。不穏な空気を感じ、オオカミは必死に首を左右に振りました。左右の髪がぴょこぴょこと跳ねます。
「し、信じてくださいまし。わたくしは、そんなことは絶対にいたしませんわ!! 神様に誓って、ぜったいに!!」
「そうなのかしら……」
赤ずきんはなおも疑り深く様子を窺っています。いまにも誰かに助けを求めに走り出しそうに身構える赤ずきんを前に、オオカミは気が気ではありませんでした。
森の中にはまだ狩人がいるはずで、もし赤ずきんを助けに狩人がやってきたら、鉄砲で撃たれてしまうかもしれないのです。
「……じゃあオオカミさん、いったいなんで隠れてたの?」
「そ、それは……」
聞かれたくないことを聞かれてしまい、オオカミは言葉に詰まってしまいました。まさか、女の子なのにお外でおトイレをしようとしていたなんて言えるわけありません。
オオカミは真っ赤になって俯いてしまいます。
そして――
(んうっ……!?)
その恥かしさに反応するように、オオカミのお腹のなかで、じんじんとおトイレに行きたい感覚が膨れがあっていきます。あと少しで外に出るはずだったオシッコは、赤ずきんのせいで突然ストップを命じられ、引っ込みが付かなくなったまま、オオカミの下腹部で大暴れをしていました。
(あ、やだ、出ちゃう、でちゃうっ!!)
押し寄せるオシッコの波が、オオカミの敏感な部分に集まってゆきます。立ったまま、オシッコが始まってしまいそうな緊急事態でした。
それを押さえ込もうと、オオカミは両手でぎゅっと脚の付け根を押さえ、その場で大きく足踏みをはじめてしまいます。おなかの下のほうに、今にも吹き出しそうなオシッコを抱えながら四苦八苦するオオカミを見て、赤ずきんはくすくすと笑います。
「あは、どうしたのオオカミさんったら。やっぱりなにか様子がヘンよ。なにか悪巧みをしているんじゃないの? ねえ、どうして隠れていたの? さっきのご用事ってなんなのかしら? ねえ、教えて、オオカミさん?」
真っ赤なオオカミの顔を下から覗きこむように、背中を屈めた赤ずきんは、くったくのない表情でオオカミを見上げます。
「ねえどうしたの、オオカミさん? 顔が真っ赤よ? やっぱり、茂みに隠れたりして、わたしを気付かれないように襲って食べようとしてたのかしら? もしそうなら、狩人さんに知らせなきゃ! オオカミさんが悪いことをしようとしたって!」
「そ、そんなことは……っ、あ、ありませんわ……。で、ですから、狩人さんはよ、呼ばないでくださいまし……」
「ふうん……」
本当のことが口に出せず、口ごもってしまうオオカミを見て、赤ずきんはますます眉をよじらせていました。
いよいよ陥った最大のピンチに、オオカミは焦ります。
(……ああ、ど、どうしましょう、もし狩人さんをよ、呼ばれたら、逃げられないかもしれませんわ……こ、こんな状態じゃ……)
いつもなら、鉄砲が相手でもなんとかなるかもしれませんが、オシッコを我慢したままのおぼつかない足取りで、全力疾走なんでできるわけありません。
ぐるぐると巡る頭の中で、オオカミはどうしていいか分からなくなってしまいます。赤ずきんに本当のことを話すわけにもいかないですが、黙ったままでは本当に狩人を呼ばれてしまうかもしれません。
(あぅ……だ、だめ、も、もう……が、我慢、できませんわ……っ……)
そして、もう意地を張っている場合ではないのです。
よおく考えてみると、これはオオカミにとってチャンスでもありました。これまで怖がって逃げ出すばかりだったほかの動物たちとは違って、赤ずきんはオオカミを怪しんでこそいますが、怖がる様子がありません。
(は、恥かしいですけれど……仕方ありませんわ……っ)
オオカミは覚悟を決め、恥を忍んで口を開きます。
「っ、あ、あの……その、赤ずきんちゃん……は、はしたない話で、申し訳ありませんですけれど、わたくし、その……ちょっと、お花摘みに参りたいんですの……」
お花摘み(オシッコ)。
顔から火が出そうな恥かしさをこらえて、オオカミは我慢し続けたオシッコのことを口にします。そうしている間にも、ざわざわと波間がうねり、大きな尿意の津波が押し寄せてくるのです。
「そ、その、どこかに……できる場所は、ありませんこと? ……ご存知でしたら、教えて欲しいのですけれど……」
「へえ、お花摘み? なあんだ、それなら早く言ってちょうだいよ。疑ったりしてごめんなさい。オオカミさん
きょとんと瞬きする赤ずきんは、少し驚いた様子で、そうなのかと腕組みをして納得したようでした。
「お花摘みかぁ。オオカミさんも恥かしいんだ、そういうの?」
「え、ええ……」
オオカミはぎゅっと俯いて、小さく頷きます。
そして、赤ずきんは笑顔のまま、そんなオオカミの手をぎゅっと握ります。
「オオカミさんも女の子なんだね。いいわよ、連れて行ってあげる」
「え、あ」
思っていた以上にしっかりと手首を掴まれ、オオカミはうろたえます。
「あ、あの、わざわざ案内していただかなくてもいいですわ、場所さえ教えていただければ――」
「いいからいいから。遠慮しないで、とっときの場所があるのよっ♪ ちょうどわたしも行こうと思っていたところだったの、一緒に行きましょうよ、オオカミさんっ」
思いも寄らぬ赤ずきんの言葉に、オオカミは困惑してしまいます。
だって、誰かと一緒にお花摘み(オシッコ)に行くなんて、オオカミはこれまで一度もしたことがありません。まさか、並んでいっしょにおトイレをしようというのでしょうか。
「ちょ、ま、待ってくださいまし、そんな、引っ張らな……ぁうっ!?」
「ふんふーん♪」
けれど、赤ずきんはオオカミのことを気にする様子もなくそのままずんずんと歩き出してしまいます。
「う、うぁ……くぅぅ…っ」
手を掴まれ、足元が不安定なままでは踏ん張ってこらえることもできません。おなかをぱんぱんに満たすオシッコを我慢しながら、オオカミは引きずられるようにして付いて行くのが精一杯でした。
「さ、付いたわ。ここよ。すごいでしょ?」
胸を張って赤ずきんが言います。
オオカミが連れてこられたのは、森のしばらく奥にある小さな広場でした。なぜか森の木々が枝を避け、ぽっかりと空を明けたそこには、色とりどりの花が一面に咲いています。
満面の笑顔で、赤ずきんは先を続けます。
「ね? 綺麗でしょ、ここってわたしの秘密の場所なの。ここならいっぱいお花摘みができるわ。わたしのお祖母ちゃんは、お花が大好きなのよ。持っていってあげたらきっととっても喜ぶわ」
「っ……」
なんということでしょう。赤ずきんが案内してくれたのは、お手洗いの場所ではなく、本当のお花摘みのための場所でした。期待していた場所とはまったく違う光景に、オオカミは途方にくれてしまいます。
「さあ、オオカミさん、手伝ってちょうだいね。わたし、お祖母ちゃんのためにお花の冠を編んであげたいの」
「え、ええっ?!」
(そ、そんなことしてる場合じゃありませんのにっ……)
オオカミのおなかの中では、いまも出口を求めてオシッコが暴れているのです。こんなところで悠長に花冠なんか編んでいたら、それこそ絶対に間に合わなくなってしまうでしょう。それどころか、お花を摘んでいる間に限界がやってきてしまうかもしれません。
「でも、オオカミさんがお花摘みが恥かしいなんて思わなかったわ。女の子みたいだって思われるのが嫌なの? オオカミさん、そんなに可愛いんだから、遠慮することはないと思うの」
すっかり勘違いしている様子の赤ずきんに、オオカミは慌てて声を上げます。
「ち、違うんですの、赤ずきんちゃんっ、その、そういう意味ではありませんのっ!!」
「ん? 違うって何が?」
「そ、そういうことじゃ、なくて……そ、その、お花摘みに……、あの、ぉ、お…っ…こ…が……」
「だからお花摘みでしょ? オオカミさんも手伝ってくれるのよね。優しいなぁ。優しいオオカミさんは大好きよ」
にこにこと、悪意などカケラもないような素敵な笑顔で赤ずきんちゃんが言います。オオカミは難しい言葉遣いをあきらめてなんとか誤解を解こうとするのですが、『オシッコのことなんですの』という言葉は、恥かしさで喉の奥に引っかかるばかりでした。
いくら促しても手伝ってくれる様子のないオオカミを見て、赤ずきんはまた表情を曇らせます。
「……それとも、やっぱりオオカミさんは悪いオオカミさんなのかしら? わたしを誰もいないところまで連れて行って、食べちゃおうとしているの? そうだとしたら大変、やっぱり狩人さんを呼ばないと――」
「で、ですからそれは誤解ですわ!! お、およしになってくださいましっ!!」
狩人のことを言われると、オオカミはもう強くは出られません。
なによりも、赤ずきんの白くて小さな手のひらオオカミの腕をぎゅっと掴んだまま、離しませんでした。もし無理にふりほどこうものなら、赤ずきんはたちまち大声で狩人を呼ぶことでしょう。近くに狩人がいようものなら、駆けつけてくるなりあの鉄砲でずどんとやられてしまいます。
赤ずきんの有無を言わせない迫力に、オオカミは口から飛び出しかけた『おトイレに行きたいんですの』という言葉を飲み込むしかありませんでした。
「さあ、はじめましょうオオカミさん!」
赤ずきんはさあ!とばかりにお花畑に腰を下ろすと、鼻歌を再開しながら、近くの花をせっせと集め始めます。オオカミも仕方なしにそれに付き合うしかありませんでした。
まさか、赤ずきんちゃんの見ている前でオシッコが始められるわけもありませんし、そもそもお花畑のような見晴らしのいい場所の真ん中でなんて、とてもではありませんがおトイレはできません。
(こ、こうなったら、すこしでも早く終わらせて、それからお手洗いに……っ。そ、そうですわ、お手伝いのついでに、赤ずきんちゃんのおうちで、お手洗いを借りてもいいですし……)
とんでもない回り道ですが、仕方ありません。
赤ずきんの誤解を解くには、おとなしく花集めを手伝って、赤ずきんを襲うつもりがないことを示すくらいしかないのです。そう決めると、オオカミもそろそろと腰をかがめ、赤ずきんに続いて花を集め始めました。
「んぅっ、く、ふっ……」
さて。女の子がお外でおトイレに行くことを“お花摘み”というのは、草むらの中でしゃがんでいる様子を誤魔化すためだという話があります。その言葉どおり、一面に咲いた花園から、たくさんの花を集めるには、どうしてもしゃがみ込んでいなければなりません。
けれど、オシッコを我慢しながらしゃがみ込むのは限界寸前のオオカミにとって地獄のような苦しみでした。なにしろ、しゃがむというこの格好はオシッコをするための格好で、おトイレを我慢するには一番不向きなのです。
「んぅ、ふぁ、ぁうぅっ……」
いまにも我慢の水風船がぱちんと破裂してしまいそうで、オオカミは立てたかかとにぐりぐりとあそこをおしつけて、腰をよじらせます。
服を着たままとは言え、おトイレのためのしゃがんだ姿勢では、なにか、他に支えがなければオシッコがじゅわじゅわと漏れ出してしまいそうなのでした。
「ふぅ、はぁ……あぅうっ……」
ですから、オオカミのお花摘みはまるではかどりません。手も指も震えて、上半身も緊張したまままっすぐぴんと伸びたままです。
お花摘みどころかはしたなく身をよじるばかりのオオカミを見て、赤ずきんが不満げに顔を上げました。
「ねえ、どうしたのオオカミさん? さっきから全然手が動いてないわ。手伝ってくれるんじゃなかったのかしら?」
「え、ええ、でも、そのっ」
これはいけないと思い、もじもじと腰を揺すりながら、オオカミは答えます。赤ずきんにこれ以上怪しまれるわけにはいきません。
けれど、オシッコを我慢するのに身体じゅうを使わなければならず、もうそれだけで精一杯のオオカミは、そのまま動くこともできず、震える手の中から、ほんの少しだけ摘んだお花もぽろぽろとこぼしてしまいます。
それを見ている赤ずきんの表情は、どんどん険しくなっていきました。
「ねえオオカミさん、オオカミさんはわたしのお祖母ちゃんなんかどうでもいいのかしら? ……やっぱりそうね、オオカミさんはわたしをだまして食べちゃう気なのね? そうだわ、最初はお芝居していたのだけど、もう我慢できなくなったのよ」
「そ、そんな……ご、誤解ですわ……」
確かに我慢できなくなったのは本当のことですが、我慢できないのはまったく別のものなのです。身体を震わせ、ぎゅうっと唇を閉じたままでは、思うようにオオカミの口は回りません。
もともとオオカミは恥かしがり屋なので、口下手なのです。ひとりで早合点する赤ずきんを、説得するのは無理なのでした。
「……信じてたのに、オオカミさんはやっぱり悪いオオカミなんだわ。すぐに狩人さんに言いつけて鉄砲で追っ払ってもらわなきゃ!!」
「ち、違いますのっ。そんな、そんなことを仰らないでくださいましっ。わ、わたくしは――」
うまく言い訳をしようにも、ダムの決壊を塞き止めるための我慢の真っ最中で頭の真っ白なオオカミの口は、はぁはぁと熱い息をこぼし、食いしばる歯の間からよだれがこぼれてしまうばかりです。それはますます、赤ずきんを、食べようとしているのだと誤解させてしまうようでした。
そうこうしているうちに、とうとう赤ずきんはオオカミのそばをだっと離れ、大きな声で叫びます。
「狩人さーんっ!! オオカミさんが、悪いオオカミさんがここにいますよーっ!!」
「や、やめてくださいましっ!? 赤ずきんちゃんっ!!」
「狩人さぁあーーーんっ!!!」
それはまるで森中に響くような大声でした。あたりの鳥が驚いて、ばさばさっと木を揺らして一斉に飛び立ちます。
「狩人さーんっ、助けてぇーーー!!」
「っ……!!」
こうなってはもうどうしようもありません。オオカミはがばっと身をひるがえすと、風のようにお花畑を駆け抜けて、森の奥に飛び込みます。狩人が駆けつける前に、少しでも遠くへ逃げなければなりません。
ふらふらと頼りない足元に、必死に力を入れながら、オオカミは後ろも振り返らずに走り出します。
このとき、オオカミがちらりとでも赤ずきんのほうを振り返っていれば、この後起きたことは変わっていたかもしれません。けれど、オオカミにはもうそんな余裕はまったくありませんでした。
なおも大きな大きな声で狩人を呼び続ける赤ずきんから、一目散にオオカミは逃げ出していきました。
逃げて、逃げて、がむしゃらに走って。いったいどこをどう逃げ回ったことでしょう。
オオカミは、いつしか森のなかの小さな小路に戻っていました
さっきまで歩いていた場所とはまた違う道のようで、オオカミの知らない道でした。
「はあ、はあ、はあ……」
オオカミは荒い息をつきながら、きょろきょろと周りを見回します。
いまにもそのあたりの森から、鉄砲を担いだ狩人が、忠実な猟犬を連れて出てくるのではないかと、ただでさえ全力疾走で早鐘のような心臓がいまにも口からとびだしてしまいそうです。
けれど、いくらオオカミもいつまでも走り続けていられるわけもありません。とうとう、歩くこともできなくなり、ふらふらと近くの木に寄りかかってしまいます。
(理不尽ですわ……な、なんでわたくしばかり、こんな目に遭わなくてはなりませんの……?)
やるせなさに涙をこらえ、目元をぬぐうオオカミ。
それでも、しばらく耳を済ませて様子を窺ってみても、狩人が追ってくる様子はありませんでした。とりあえずすぐに追いかけられることはないと分かった途端、どっと疲れがやってきます。
(はあ……もう、散々ですわ……)
がっくりとうなだれ、オオカミは俯きました。
もう、あさからまるっきり不運続きです。
(でも……まあ、逃げられましたから、とりあえずは……)
目の前の脅威からはなんとか逃れたのは、それでも数少ない幸運でしょう。はあ、とオオカミが深呼吸と共に、安堵の息を吐いたその時です。
ぎゅうっとお腹の下にイケナイ感覚が蘇りました。
我知らず、オオカミの腰がぶるるっと震えます。それはたちまち痺れのように背中へと走り、尻尾の先から耳の先端までを貫きました。
「はううぅっ……っ!?」
猛烈な感覚が、思わず口を突いて飛び出します。
狩人の恐ろしさでいっときは忘れていたオシッコが、また大きな波になって出口に押し寄せてきているのでした。いえ、今度の波はそんな生易しいものではありません。まるで陸地を丸ごと飲み込むような津波のようでした。オオカミはたまらず両手でぎゅっと脚の付け根を押さえ込みます。
「うぁ……っ……」
(あ、ああ、だめ、お、お手洗いに、は、はやくっ……)
猛烈な尿意が、オオカミの一番脆く敏感な場所に集中してゆきます。股間の先端にあるそこはぎゅっと閉ざされてはいますが、本当は小さな孔が開いていて、水を塞き止めておくにはあまりに不向きな場所なのです。
キュロットの奥でじゅ、じゅわ、といけない水音が響き、じわじわと熱い雫が足の付け根に広がってゆく感覚に、オオカミはぞっと背中を震わせました。
「ぅあ、はぁあ……っ、だ、だめぇ……」
オモラシの予兆となるおチビリに、オオカミはぱくぱくと唇を動かします。
まるでオオカミの気持ちなんか無視して、身体のほうが勝手にオシッコを絞り出そうとしているようでした。ほとばしりそうになる水流を懸命に押さえ込みながら、オオカミはからだをくねらせます。
お花畑からでたらめに逃げ出したため、オオカミはいま自分が森の中のどこにいるのかもわかなくなっていました。赤ずきんのお家の場所も分からず、もう駆け込めるおトイレはどこにもありません。
森の真ん中で、おトイレにいきたくてたまらなくなってしまったまま、オオカミは一歩も動けなくなってしまいました。
(で、でちゃう……っ)
このオシッコの波は、もうおトイレまでなんとか我慢しようとか、そんな風に考えられるものではありませんでした。
ほんの少しでも気を抜けばこのままオシッコが始まってしまいそうです。オオカミは少しでも尿意を和らげようと、重ねた手のひらの下でぎゅうっと両脚を交差させ、膝を重ねてぐりぐりと身をよじります。
そうやってする我慢は、おトイレまで歩いて行くためのものではなく、おトイレに駆け込んで、ドアに鍵をかけてキュロットと下着を下ろしてオシッコをはじめるまでの間にするような、わずかな時間かせぎのための我慢です。
もはや、オオカミが恥かしさをかなぐりすてて、近くの茂みに飛び込もうとしたそのときでした。
ふと見上げた先に、ちいさな煙突が見えます。
それは、赤い壁に白いドアの、小さなお家でした。
「お、お家ですわ……っ!!」
天の助け。不運続きの自分を見放していなかった意外な幸運に、思わずオオカミは声を上げてしまいます。まさかこんなところに誰か住んでいるなんて思いもしなかったものですから、まるでオオカミにはそのお家が光り輝いているように見えました。
(あ、あそこなら、お手洗いを借りれますわっ……!!)
オオカミは大喜びで、よちよち歩きのままそのお家に小走りで駆け寄ります。我慢の延長戦に突入し、もうほとんど余裕のないオオカミは、膝を擦り合わせ、足踏みを繰り返し、がくがくと腰を波打たせて、ドアをノックします。
「も、もしもし、どなたかいらっしゃいませんか!!」
掠れた声とノックに返る返事はありません。けれど諦めるわけにもいかず、オオカミはもう一度、ドアを叩きます。
「あ、あの、どなたかいらっしゃいませんかっ!?」
相変わらず返事はありませんでした。
けれど、さっきよりも力強いノックに、揺れたドアがぎぃ、と軋み、そのまま内側に動きてゆきます。なんと、お家のドアには鍵がかかっていないようでした。
無用心だなどと思う暇もなく、オオカミはたまらず、ドアを押し開けて玄関に踏み入れてしまいます。明かりのついていない部屋の中は、薄暗く、人の気配もありません。
オオカミは無人の部屋の中に、また声を上げて呼びかけます。
「も、申し訳ありませんっ、あの、誰もいらっしゃいませんの? ……あ、あの、その、お、お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか……?」
しんと静まりかえったお家の中からは、やはり返事はありません。
「ご、ごめんなさい……か、勝手にお借りします……!! ……も、もう、わたくし、我慢できないんですのぉっ……!!」
もはや、オオカミになりふりかまっている余裕はないのです。たとえ後で怒られたとしても、オモラシをしてしまうよりはマシでした。
玄関から駆け込んだオオカミは、部屋の中をぐるりと見回し、玄関の少し奥に待望のトイレのマークを発見します。
そこに、まっすぐ突撃しようと、両手をぎゅっと前に重ねたままオオカミが走り出そうとしたときでした。
「おばあちゃんこんにちわ、お見舞いに来たわ! ……あら?」
背中から響いた聞き覚えのある声に、オオカミは凍りつきました。
恐る恐る振り返ったオオカミの視線の先、押し開けられたドアの向こうから、ちょこんと赤いフードの女の子が顔を覗かせていました。
開いたドアをこんこんとノックし、なんとさっき別れたばかりの赤ずきんが目を丸くしてオオカミを見ていたのです!
(な……なんで、どうして、こんなところに赤ずきんちゃんがいらっしゃるんですの……っ!?)
まさか、ここが赤ずきんのおばあちゃんの家なのだとは、オオカミにはすぐには思い当たりませんでした。
パニックになって頭が真っ白になってしまったオオカミを前に、赤ずきんはくすりと笑って、後ろ手にドアを閉めます。
(や、嫌……)
今度こそ、狩人を呼ばれてしまう。オオカミはぶるぶると震え、そのまま床にへたりこんでしまいます。
けれど、赤ずきんはいつまで経っても助けを呼ぶ声を上げる様子はありませんでした。それどころか、くすくすと、イジワルな笑顔すら浮かべて、オオカミのそばにちょこんと腰を屈めます。
「……あ、あの、赤ずきんちゃん……?」
何がおきているのか分からず、オオカミは呆然とたずねます。
赤ずきんはそんなオオカミにすっと手を差し伸べて、こういいました。
「あらお祖母ちゃん、どうしたの? 起きてていいの? 具合が悪いんだから寝ていなくちゃダメよ?」
「え……?」
一体何のことかわからず、目を白黒させるオオカミ。
「病気だって聞いたから、心配して見に来たの。ほら、お花もたくさん摘んできたのよ。ママからのお土産もあるわ!」
「あ、あの……え、ええと……」
困惑するオオカミは、わけも分からずに目をぱちくりとさせます。いくらなんでも、赤ずきんにオオカミと赤ずきんのおばあちゃんが見分けも付かないはずがありません。なにしろ、ついさっきまでオオカミは赤ずきんと一緒にいたのです。
けれど、赤ずきんはそんなオオカミにはいっこうに構わず、オオカミに話しかけるのを止めませんでした。
「え、その、あのっ」
「ほら、ベッドまで連れて行ってあげるわ、お祖母ちゃん」
くすくす、と笑いながら、赤ずきんはぎゅっとキュロットの足の付け根の上で重なったままのオオカミの手のひらを無理矢理引き剥がし、ひっぱりました。
「うぁあっ……!?」
ちょうど、両手のひらと足のクロス、両方の力をあわせてようやくオシッコを塞き止めていたところを、いきなり手のひらの力がなくなったものですから、オオカミはたちまち我慢ができなくなってしまいました。
「ダメ、で、出ちゃうぅっ!!!」
オオカミは声を上げて、がくがくと震える脚をぎゅっと股間におしつけ、オモラシが始まってしまわないように下腹部を床にねじりつけます。しかしそんな努力も空しく、オオカミの股間の先端からはじゅわ、じゅわ、と熱い雫がほとばしり始めてしまいました。
「あ、赤ずきんちゃん、止めてくださいましっ、あ、あの、も、もう我慢できませんのっ!! わ、わたくし、お、オシッコ……おトイレに、行きたいんですのっ……」
とうとうオオカミははっきりオシッコを我慢していることを叫んでしまいます。
もはや我慢が持たないと知って、オオカミは必死でした。ここは人のお家の中です。絨毯や床を汚してしまうわけにはいきません。
けれど、赤ずきんときたらオオカミの声が聞こえているはずなのに、ただくすくす笑うばかりなのです。
「おばあちゃん、苦しそう……よっぽど具合が悪いのね……さあ、早く横にならなくちゃだめよ」
立ち上がれないオオカミを引きずるようにして、赤ずきんはお家の奥へと連れて行こうとします。そちらはおトイレとまったく反対の方向でした。もうオモラシが始まりかけているのに、オシッコのできる場所から遠ざけられる恐怖に、オオカミはとうとう泣き出してしまいます。
「いやああ!! あ、赤ずきんちゃん、お願い、お願いですの!! わ、わたくしですの!! オオカミですの!! お、お願い、意地悪なさらないでっ……お、おトイレに行かせてくださいましっ!! もう本当に我慢ができなくなってしまいますの!! お、オモラシ……してしまいますからぁ……っ」
けれど、聞いているのかいないのか、赤ずきんはオオカミに訪ねます。
「ねえ、おばあちゃん、どうしてそんなに顔が青いの?」
それは当たり前です。もういつオシッコが始まってもおかしくないのですから、我慢に我慢を重ねたオオカミの顔は、すっかり血の気が引いて青ざめていました。
「あ、赤ずきんちゃんっ……お、お願いですの、い、意地悪はやめてくださいましっ、……はやく、ぉ、おトイレにぃ…っ」
ぐうっと上半身を前に倒し、身体を二つに折ってオオカミは苦しげに叫びます。キュロットに大きな染みができ始めていました。片方だけの手のひらでは受け止めきれないオシッコが、オオカミの指の間からこぼれて、寄せ合わされた膝の間を流れ落ちてゆきます。
けれど赤ずきんは容赦しません。
「おばあちゃん、どうしてそんなにもじもじしているの?」
「あく、あ、だめ、でちゃう、でちゃうぅ……!!」
「ねえおばあちゃん、答えてちょうだい? どうしてそんなに恥かしい格好で、もじもじしているの?」
「っ、あ、あの、オシッコが、オシッコがでちゃいそうなんですのっ!! も、もう我慢、で、できませんのぉっ……!!」
自由になる片手と両足を使って塞いだオシッコの出口から、じょわ、じょわあ、とオシッコが噴出します。いまやオオカミのキュロットの股の部分は大きく色を変え、おしりの方にも大きな染みを作ってしまっていました。
「それにおばあちゃん、どうしてそんなところを押さえているの? 女の子なのに、とっても恥ずかしいわよ?」
「あ、あっ、あ、あっ、あ、っ、あ」
恥かしいなんていわれても、オオカミには離すわけにはいきません。そうしたら最後、ダムは決壊して、行き場をなくしたオシッコが全部出てしまうのです。
けれど、赤ずきんは容赦しません。楽しくて仕方がないというように微笑むと、小さく声を上げるばかりのオオカミの耳元にそっと唇を寄せます。
「うふふ、オオカミさんがおばあちゃんじゃないなんて、そんなこと分かってるわ。だっておばあちゃんは病気なんかじゃないもの。最初からお留守だって知ってるわ、わたし。
でも、悪いオオカミさんが勝手におばあちゃんのお家にあがりこんで、こおばあちゃんのふりをしているんですもの。きっと、わたしを油断させて食べちゃうつもりだったのよね。……だから、お仕置きをしてあげるの。くすくす」
「え……っ」
「うふふ。ちゃあんと見てたのよ? 朝からオオカミさんが森の中でずうっとオシッコ、我慢しているの。お花畑でオモラシしちゃうかと思ったけど、オオカミさんたらとってもしぶといんだもの。逃げられちゃったと思って残念だったけど、まさかまた会えるなんて、とっても嬉しいわ」
「な、なっ……」
赤ずきんの衝撃の告白に、オオカミが一瞬、油断したその時です。
「ねえ、そんなに汚して、みっともないわよ、オモラシオオカミさん?」
そして、赤ずきんはとても女の子とは思えない強い力で、まるで石を詰め込まれたように硬い、オオカミのおなかをぐいっと押し込みました。
「~~~~……ッ!? あ、いや、ダメぇ!!!」
それが最後でした。深く上半身を倒し、前傾になったオオカミががくんと腰を跳ねさせると、まるでその脚の間で、水気たっぷりの果物を押し潰したように、激しい水流が弾けます。
「あ、あぁ、あっ」
ほとんど一瞬で、ダムの崩壊は始まりました。見ている間にも、たちまちオオカミの下半身がずぶぬれになっていきます。
ぱくぱくと口を動かすオオカミの足元で水流が激しく飛び散り、絨毯と床に大きな水溜りを広げてゆきます。オオカミの視線は今もなお、引きずられ遠ざけられるトイレのドアを凝視していました。
揃えた脚の間にホースを抱え込んだように、凄まじい勢いのオシッコが迸り、オオカミの下半身を水浸しにして撒き散らされてゆきます。ぶじゅう、じゅじゅじゅじゅうとあたり一面を濡らしてゆくオシッコが、たちまちあたりに濃い匂いを立ち込めさせてゆきました。
「本当にみっともないわ、オオカミさんったら。おばあちゃんがお留守なのをいいことに、あがりこんでオモラシなんて。わたしより大きいのに、オシッコも我慢できなかったの? 止まらないのかしら? ねえ? あはは、やっぱりオオカミさんなんて怖くないわ。だって、そんなにみっともないオモラシっ子なんだもの。くすくす……」
赤ずきんは、泣きじゃくるオオカミを見下ろしながら、もういちどくすくすと笑うのでした。
……めでたし、めでたし。
このあと、騒ぎを聞きつけてやってきた狩人は、村でも評判のいじめっ子の赤ずきんと、オモラシのショックで泣きじゃくるかわいそうなオオカミを見つけ、全てを理解しました。
その後、赤ずきんがお母さんと狩人に夜までたっぷりと叱られ、お仕置きされてしまったのは、言うまでもありません。
……もう一度、めでたし、めでたし。
(初出:おもらし特区SS図書館 2009/03/15)
第11夜 赤ずきん
