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夏休みの当番のお話。

「はー……あついなぁ……」 焼けたアスファルトの上には、ミンミンゼミが大合唱。向こうの交差点を通り抜けてゆく車や、コンビニの看板までゆらゆら揺れている。 麦藁帽子をかぶり、Tシャツと短めのスパッツ。夏休みに入って2週間ですっかり日焼けした肌...
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夏休みの夜のお話。

ぶうん、と生温い排気ガスを吹かして走り去ってゆくバスが、見えなくなって。鈴は額に浮いた汗をぬぐう。 2時間に1本しか表示のないバス停の前では、荷物を肩から提げた姉の花梨が、時計を見ていた。「まだ歩くの、お姉ちゃん?」「うーん。迎えに来てるは...
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長靴いっぱいの話。

どんより澱む暗い空。 もう一週間も降り続く雨は、今日も止む気配がない。誰もが傘を差して行き交う灰色の雑踏の中、水色の長靴がアスファルトの上の水溜りをぱちゃりと跳ねさせる。 長靴とお揃いの水色の傘の下、手に提げた鞄をかたかたと揺らして、紺野梓...
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妖魔退治の巫女さんのお話。

「こちらですね?」「へ、へえ……そうでございますだ」 不気味な鳴き声の響く澱んだ森の中を、二人分の足音が響く。 ひとつは提灯を掲げ先を行く老人のもの。もう一つは、その隣を歩く少女のものだ。 風が茂みを揺らす音にもびくびくと怯えている老人に対...
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新学期のお話。

穏やかな街並みは、出会いの季節に満ちていた。 ほんの数週間前までは蕾だった桜も満開となり、そこかしこの枝から花吹雪を散らせている。 脚元に降り積もる花片を踏みしめ、真新しい革靴が、アスファルトの上に不規則なリズムを刻む。「は……っ」 北村千...
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受験の朝の話

空は、あいにくと薄曇り。お陽さまも雲の向こうに顔を隠し、冬の寒さをいっそう際立たせているかのよう。 学校指定の制服の上から、コートとマフラー、黒のタイツ、それに親指以外がひとまとまりになったミトンの手袋を着け、真新しい雪の降り積もった白い道...
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冬の授業の話。

ワックスの剥げかけた床を、椅子の脚が小さく軋ませる。 制服の上下だけでは肌寒さを覚える教室は、インフルエンザの猛威によって机のあちこちに空席が目立ち、いつもよりも生徒数の少ない分だけ一層冷え込んでいるようだった。 窓を揺らす北風は日に日に強...
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エレベーターの話。

楽しかった夏休みもあっという間に過ぎた。陽射しはまだまだ熱いものの、ヒグラシの鳴き声が増えはじめた9月のある日。デパートの買出しを終えたユミは、大きなエコバッグを肩に下げてマンションへの帰途についていた。「ふー、重かったぁ。ちょっと買いすぎ...
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プール帰りのお話。

突き抜けるような青空、じわじわと照りつける太陽が、アスファルトを焦がす。 やかましいセミの鳴き声は絶えることなく響き、梅雨の名残を吹き飛ばす真夏の日差しは、濡れた髪を麦藁帽子の上からもちりちりと乾かしているかのようだ。「んくっ、んっ、んっっ...
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夏祭りのお話・後編

現在、七時五十五分。 トイレに直行した二人だが、千佳には大変な誤算があった。 今日のお祭りの人出はいつもの比ではない。普段はガラガラの公衆トイレは、その入り口から伸びる長蛇の列で封鎖されていた。もともとそんなに大人数をさばけるような場所では...